第二百十九章 ベジン村異変(笑) 8.ベジン村「発」百鬼夜行~ガット村(序幕)~【地図あり】
ベジン村での百鬼夜行騒ぎが華々しいグランドフィナーレを迎えた翌日の昼下がり、ナイハルの町からガット村を目指して歩く行商人の姿があった。
丁度ガット村から半日ほどの距離で昼食にしようと木陰に腰を下ろし、堅く焼きしめたパン――と言うか、ハードビスケットのようなもの――を取り出して、いざ食べんとしたところで……
(……な、何だ?)
急に身体が重く……と言うか、力が抜けて動かなくなった事に驚愕する。俗に言う金縛りの状態である。
仰天するが顎も舌も動かず、声を出す事もできない商人の手から、堅焼きパンがポトリと落ちる。そのままそこに転がっているのかと思ったパンが、なぜかコロコロと転がって行き、やがて掻き消すように地中に消える……と、それを潮に商人の身体に自由が戻る。
狐に抓まれたような思いの商人であったが、何であれ事が済んだのなら慌てる事も無かろうと、新たなパンを取り出して食事を続ける。妙に胆の据わった商人であるが、今度は金縛りに遭うような事も無く、平穏無事に食事を終えた。
やがてガット村に辿り着いた行商人は、村人たちに昼間の一件を話した。聞いた一同も不思議がっていたが結局は、あの近くで餓死した者でもいて、その亡魂が迷い出ていたのかも――という話になった。
――ベジン村での騒ぎは、ガット村にはまだ伝わっていない。
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『ふむ……妙に胆の据わった男だが……行商人というのはああいうものか?』
金縛りの後で落ち着いて食事を再開した行商人を見てのクロウの感想であるが、
『いえ……あそこまで肝の太い者は中々いないかと』
同じくモニター越しに状況を見ていたペーターがそれを否定した。
――もうお解りであろう。
この一件もクロウたちの仕業であった。
日本に残る饑神の伝説を参考にして仕組んだのだが……「金縛り」の正体はゲートフラッグのアロムが作った無色無臭の筋弛緩剤で、それを霧状にして嗅がせただけである。堅焼きパンが掻き消えたのも、単に土魔法で埋めただけであるが、人間ではなく土精霊たちが使った魔法なので、まるで掻き消えたかのように素早く滑らかに地中に呑まれていた。「土魔法」などという無粋な単語が頭に浮かんでこないくらいに。
『大騒ぎにはならなかったようだが……このままガット村とやらへ向かってくれるのなら、そこで話を広めてくれるか……』
『あの村でも騒ぎを起こす予定ですから、それに絡んで話題にするんじゃないですか』
『そうなってくれれば好都合なんだがな』
・・・・・・・・
同日夕刻、こちらは村外れの小川に川釣りに来ていたガット村の村人である。
まぁまぁ満足のいく漁果を得て帰ろうとしたところへ――
『置いてけぇ……』
「――な、何だ?」
地の底から響くような声を耳にして、村人は不安げに辺りを見回した。……が、周りに人影は見当たらず、ここにいるのは自分一人である。……いや、自分一人の筈であった。なのに……
『置いてけぇ~』
相変わらず低いが今度ははっきりと聞こえたその声に逆らうように、男は確りと魚籠を抱え込む。半日粘って得た漁果だ。置いて行く事などできるものか。
急ぎ帰ろうとした男の足首を、何か冷たいものが掴む。
「ひっ!?」
怖々と目を落とした先にあったのは、確りと自分の足首を掴んでいる「水の手」であった。
「――――ェγζ~@♭~%仝――※☆!&――っ!!」
折角の漁果を魚籠ごと放り投げて、男は一目散に駈け出した。




