第二百十九章 ベジン村異変(笑) 7.楽屋裏
『ふむ。どうにか上手く収まりを付けられたか?』
『……まぁ、怪異が村から去ったと思わせるには充分じゃろう』
少し疲れたような呆れたような口調でクロウに応じたのは、自ら良識派を以て任じる精霊樹の爺さまであった。やらかした内容には言いたい事もあるが、その演出効果は認めているらしい。
『……言っておくがな爺さま、アレは精霊たちの要望を、最大限叶えた結果なんだからな』
『それは重々解っておるのじゃが……』
ここらで楽屋裏の内幕というものを明かしておくと……ベジン村を襲った怪異をどこかに去らせる――と言うか、そう思わせる――べくクロウが捻り出した解答は、「百鬼夜行」を演出するというものであった。相変わらず碌でもない発想である。
ベジン村に居座っていた「何か」が、どこか他の地へ立ち去るような演出を見せつければ、村人たちもそれと納得するのではあるまいか。これで納得しないのなら、もう後は知らん――というクロウの提案は、一応は妥当なものであると認められ、どんな演出を工夫したものかの議論へと移っていった。
ところが――ここで不満を表明したのが精霊たちであった。
村一つを丸ごと誑かして遊ぶという折角の面白事なのに、自分たちは――一部の者を除いて――参加できていない。これはあんまりだと訴えたのである。
精霊たちの全てが蚊帳の外というならそれでも我慢できたのであろうが、開幕の暗黒を演出した闇精霊たちや、地震を演出した土精霊たちがノリノリで自慢したために、他の精霊たちが我慢できなくなったらしい。
精霊たちからの突き上げによって陳情役を仰せつかったシャノアから、精霊たちの意向を聞いたクロウは、当初考えていた計画を大幅に修「正」する事にしたのであった。……正しい道に立ち返ったのかどうか――などと訊くのは野暮である。
まぁ、その後は解ると思うが、フィナーレの開幕で村の塀を倒したのは土精霊たちの仕業である。次いで水精霊たちが霧を生み出し、風精霊たちがそれを村中に運び巡らせ、火精霊が火球を生み出してその形を様々に変えて見せたのである。
その後に現れた光の球は、実は意図的に発光した精霊たちの偽装であった。
そして、大地に刻まれた姿無き巨獣の足跡は、タイミングを合わせた土精霊たち渾身の演技である。風も無いのにそよいだ草木は、これは勿論木精霊の仕業であり、最後の突風は風精霊の演出であった。
翌朝に村人たちが見た山肌の割れ目も、無論土精霊たちの力作である。
『もう少し控え目なものを考えていたんだが……精霊たちが協力してくれたおかげで、随分と大掛かりなものができた』
『精霊たちは基本的に悪戯好きじゃからのぉ……』
その「悪戯」を単発の小さなものに留めず、今回のように大掛かりでドラマチックなものに仕立てて見せたクロウに対して、もはや精霊たちの敬意は天井値をとうに更新して、「信仰」に進化しようかという勢いらしい。
組織的・効果的な「演出」の手口を憶えた精霊たちが、この先何をやらかすか……精霊樹の爺さまは、有る筈の無い胃が痛むような気がしていた。
ともあれこうして、ベジン村での騒ぎは一旦幕を下ろす事になったのだが……
『……で、この後はどこで騒ぎを引き起こすつもりなんじゃ?』
『南下してアムルファンで騒ぎを起こすと、下手をすると国際問題になる。そこまで騒ぎを大きくするつもりは無い。東へ進むとイラストリアだ。かと言って、西へ進むと海に出る。「船喰み島」と結び付けようとする者が出てくると面倒だ。となると……』
『……北、か?』
『他に選択肢が無いからな。幸いにして、ベジン村から北に進むと、小さな村が幾つかあるそうだ。当面はそこをターゲットにするしか無いだろう』
――そう。
ベジン村から怪異を去らせようと言うのなら、どこか他所に怪異の「移動先」を設定してやる必要がある。
クロウ監修の百鬼夜行は、まだまだ終わりはしないのであった。
――と言う訳で、この一件はまだまだ続きます。今暫くお付き合いの程を。




