第二百十九章 ベジン村異変(笑) 6.ベジン村百鬼夜行(終幕)
ベジン村住民たちの絶望的な思いを他所に、その元凶たちは元凶たちで、彼らなりの悩みに囚われていた。
――やり過ぎたかもしれない――
『……少し悪乗りが過ぎたかもしれんな……』
〝今更何を言っているのだ〟――と言いたげな爺さまとシャノアの思念と視線を綺麗に受け流して、クロウは眷属たちに向き直った。
『今のところ、騒ぎは外に漏れていないと思いますが……』
『……外に広まると……冒険者ギルドの……調査が……入るかも……しれません……』
『それは……ちと拙いな』
脅かしに熱が入ったせいで、途中からそれが目的のように思い込んでいたが、当初の目的はヤルタ教の威信失墜であり……更に遡れば、ベジン村での諜報用トンネルの実地試験が最初の目的であった。
そしてそのベジン村は、朽ち果て小屋という拠点・兼・精霊門の最寄り地点でもあるわけで……
『……余計な騒ぎを起こした挙げ句、精霊門の事が露見でもした日には、本末転倒もいいところだな……』
抑の話として、クロウたちの狙いはヤルタ教であってベジン村ではない。ゆえに、ベジン村をこれ以上痛め付ける必要は無い。
無いのだが……既にベジン村でこれだけの騒ぎを巻き起こした以上、今更それを〝無かった事〟にはできそうもない。
してみると……ベジン村での幕引きをどうやるかという事が重要になってくる。
クロウは暫し眷属たちと知恵を絞り合うのであった。
・・・・・・・・
その夜――頑なに家に閉じ籠もって外に出ようとしない村人たちの耳に、何かが倒れるような重低音が届いた。
半ばは怖いもの見たさの心境で、恐る恐る戸口から顔を出した数名の村人が見たものは――
「おぃっ! 村の――村の塀が!」
「た……倒れて……」
「何だとっ!?」
林野にモンスターが犇めくこの世界では、居住地を囲む塀や柵は文字通りの防衛線・生命線である。それが倒れたとあっては、冗談でなく村の存続に関わる。
慌てて戸外に駆け出した村人たちが目にしたものは……
「塀が……外側に……」
塀が村の外側から倒されたというのなら、何かが押し入って来たという事で説明が付く。まぁ、それはそれで一大事なのだが、目の前にある塀は悉く内側から外側へ倒れている。……まるで、何かが無理矢理に村の外へ出ようとしたかのように。
――何が?
決まっている。
このところ村の中に居座って、アレコレとやらかしてくれた怪異以外には無いではないか。
複雑な思いで呆然と立ち竦む村人たちの前で、一連の事態の掉尾を飾るフィナーレが幕を開ける。
「ひっ!?」
「な、何だ!?」
村中を薄らと覆った霧の中から、突如として中空に現れた火球がみるみる大きくなると、その形を様々に変えていく。或いは鳥のような姿となって優雅に舞い、或いは獣のような姿に変じて軽やかに跳ね、或いは蛇体と化して滑らかに進み、或いは炎の蝶となってふわふわと虚空に漂う。
――それだけではない。
何処からともなく無数の光の球が湧き上がるように現れると、炎の怪異の周りを戯れるかのように飛び回っている。
存分に村の中を踊り回り跳ね回ったそれらは、やがて一所に集まると、さながらパレードのように村の外へと進み出す。
――そして、
「お……おぃ……あれ……」
「足跡が……足跡だけが……」
見るがいい。
行列の進んだ後には、巨大な四足獣の足跡だけが、くっきりと地面に刻されていくではないか。
やがてパレードは姿を消したが……風一つ吹かぬ村の中では、草木がざわざわとその葉先を震わせていた。
名残惜しげに、パレードに手を振って見送るかのように。
呆然としてそれを見送る村人たちを突風が襲い……最後にその突風も「パレード」の後を追うように吹き去って行った事で、このフィナーレの幕が下りた。
朝になり、勇を鼓して「集落跡」を偵察に行った数名の村人たちは山肌に、いかにも何かが出てきましたよ的な割れ目が刻まれているのを目にする事になる。それは奇しくも、ヤルタ教の伝道士たちが鎮魂の祭儀を行なった場所であった……ように思えた。
――あの儀式は一体何を引き起こしたのか? 何のための儀式であったのか?
・・・・・・・・
ともあれ、こうしてベジン村から怪異は立ち去った。
そして……怪異が去ったという事は、それはどこか他所の土地へ移動したという事に他ならないのであった。




