第二百十九章 ベジン村異変(笑) 5.ベジン村百鬼夜行(四の幕)
気の毒なベジン村を襲った怪異はこれだけではない。
もはや当初の目的――ヤルタ教の評判を失墜させる――を忘れたかのようにノリノリのクロウたちは、外だけでなく家の中でも――
・眠っていると、天井から水滴が顔に落下して目を覚ます。飛び起きて顔を拭ってみると、何やら赤いものがべったりと……
思わず天井を見上げたところで、再び真っ赤な滴が男の顔に……
種を明かせば何の事は無い。水魔法を持つスライムに命じて、芝居用の血糊を溶いた水をポタリと落としただけなのだが……これが思った以上の功を奏し、家中が大騒ぎになったのであった。
・おっかなくて外になんかいられるか――とばかりに家の中に閉じ籠もっていた一軒では、突然床がグラグラッと揺れ始める。泡を喰らって家から飛び出したが、外では地震の「じ」の字も無い。偶々そこを通りがかった村人を捉まえて問い詰めるも、やはり地震などは無かったという返答。
家族一同狐に抓まれたような思いで自宅を見ると……さぁご覧じろと言わんばかりのタイミングで、自宅だけが揺れ始める。
要は土魔法を使える眷属たちと土精霊の悪戯なのであるが、立て続けに村を見舞った怪異のせいで、「土魔法」などという単語は、既に事象の地平の彼方にすっ飛んでしまっている。
住み慣れた家に帰る事もできず、気の毒なこの一家は外で震えながら夜を明かしたのであった。
災難に見舞われたのはこの二軒だけではない。
内容に多少の異同はあるものの、この夜他にも数軒の家が安らかな眠りを奪われたのであった。
そして……一夜明けた村を、これまで以上の怪異が襲った。
それはもう、今までの騒ぎが子供の学芸会に思えるくらいのものが。
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「おー、お早うさん」
「何が早いもんかね。もうお天道様は真上だよ」
些かぐうたらなところのある中年男を共用の水場で出迎えたのは、この村の主婦連であった。このところ怪しげな事が続いているというのに、十年一日のごとくぐうたらなのは如何なものか。ものに動じないと言えば聞こえは良いが……
「あれこれ色々と考えて眠れなかったから、こんな時間に起きたんだじゃねぇかよ。それに……お天道様だってまだ上り切ってねぇじゃねぇか」
「馬鹿言ってんじゃないよ。とっくのとうに真上だろうに」
「あぁ、どこか真上なんだよ」
男が目を遣った先には、まだ半分ほどしか上っていない太陽の姿。
主婦連が指さした先には、中点高く輝く太陽の姿。
一同互いに相手の指し示す先に目を遣って……
「「「「「∂――仝∥γ∈☆д%!ッ――θ!@∧♭――ェγфζ――っ!!」」」」」
――空に二つの太陽が輝いている事に気付き、言語野が吹っ飛ぶ勢いで動転する事になった。
一同そのままへたり込んだものの、やがて動けるようになった者から、逃げ去って家の中に閉じ籠もる。……ある者は一目散に、あるものは蹌踉めきながら、そしてある者は四つん這いで。
そして――その様子を見て中天の異常を知った村人たちもそれに倣って農作業をほっぽり出して逃げ出した結果……外にはだれもいなくなった。
だれも見る者のいなくなった空には、なおも暫く二つの太陽が輝いていたが、やがてユラリと景色が揺らめくと太陽の片割れが掻き消えて、平穏な田舎の光景が舞い戻ってきた。
ただ……それに気付くべき者たちは皆して家の中に閉じ籠もっており、断じて外の様子を眺めようとしなかったが。
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『う~む……思った以上の効果だな』
『空にお日様を二つも出してやれば、そりゃ誰だってあぁなるわよ……』
力無く突っ込んでいるのはシャノアであるが……例によってこれはクロウの仕業であった。何をやったのかと言えば、要はプラネタリウムの応用である。
夜のうちに村とその周囲をダンジョン化したクロウが、村の廻りに魔力のスクリーンを張り巡らせ、そこに外の風景を投影していたのである。後は頃合いを見計らって二つ目の太陽の虚像を投影してやり、村人全員が家の中に逃げ込んだのを潮に、ダンジョン化を解除してやっただけだ。
『マスターっ! さすがです!』
『好いものを見せて戴きました』
『お見事……です……』
『はっはっはっ、何の何の』
眷属一同が賞賛の声を上げる――一部の者が白い目で見ているのは気付きません――中、クロウも上機嫌で己の成果を見遣っていたが……やがて一同の胸に密かに兆す思いがあった。
(……少しばかり……やり過ぎたんじゃないか……?)




