第二百十九章 ベジン村異変(笑) 3.ベジン村百鬼夜行(二の幕)
翌日、村の中は昨夜の怪異の話で持ち切りであったが、その日は特に何事も無く過ぎてゆき、夜になっても何の怪現象も起きなかった。
村人たちが、あれは何かの気の迷いであったのだろうと折り合いを付け始めたところを、まるで狙い澄ましたように次なる怪異が襲った。
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深いという程ではないが、姿形を曖昧にする程度には視認性を下げる、月明かりの下に佇む者が誰なのか、直ぐとは判らない程度の霧に覆われたその晩の事。
小急ぎに夜道を急ぐ村の男Aの前に、路傍に腰を下ろした者の姿が見えた。
何しろつい一昨日にあんな事があったばかりだし、少し歩調を落として遠間から声をかけると……顔見知りの村人Bである事が判って胸を撫で下ろす。
「こんなところで、一体何へたってやがんだ」
「あぁ……お前か……」
――と、返って来た声は不気味なほどに嗄れていた。……まるでこの世の者ではないかのように。
「いや……何てぇか……俺ぁもう、死んじまってんじゃねぇかと思ってよぉ……」
「……何、トンチキな事言ってやがんだ」
「だってよぉ……」
――その言葉も終わらぬうちに、村人Bの顔が崩れ始める。
目鼻の位置がずれたかと思うと、そのまま下へ流れ始め……肉が蕩け落ちたかと見る間に髑髏が剥き出しになり……その髑髏が顎をカタカタ言わせながら、
「……こぉんな態になっちまってよぉ……」
地の底から響いてくるようなその声を聞き終える前に、男Aは絶叫を上げて逃げ去った。
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後をも見ずに一目散、馬だって羨みそうな勢いで道を駆け抜けて、どうにか村へ辿り着いた男Aの前に姿を現したのは――
「おぃ、一体どうしたってんだ? 何があった?」
……ついさっき、髑髏に変じたばかりの村人Bであった。
再び逆上して喚き立てる男Aを見た村人Bは、
「おっ――おぃっ! 一体何があったんだ?」
「て……手前は……本物か……?」
「あぁ? 何トンチキな事ほざいてやがんだ。ドタマ一発張ったろか?」
どうやら間違い無しの本物らしいと安堵した男Aは、
「い……いや……たった今村の外れで、お前の化け物に出会してよ……」
「あぁ?」
やっぱり頭へ一発二発、キツいやつをお見舞いした方が良いんじゃないかと思い始めた村人Bに、男が――少し慌てた様子で――説明する。
「……そんな事があったのかよ……」
「あぁ……俺ぁもう……何てぇか、てっきり……」
――そう、言いかけた男Aが不意に言葉を切ると、恐怖を浮かべた目で村人Bを見つめる。
「……? おぃ、どうしたってんだ?」
そう言う村人Bの顔に、まるで二重写しのように髑髏の顔が浮かび上がり……
「――――※☆!&~~%仝@♭――ェγζ――っ!!」
「な、何だ!?」
再び血も凍るような絶叫を上げた男Aは、村人Bを突き飛ばしたかと思うと、脱兎の如く反対方向へ駆け去った。
事情が解らず当惑顔の村人Bを残したまま。
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『よぉ~し、上出来だ。みんな能くやってくれた』
モニターを観ながら満足げに頷いているのはクロウである。今更言うまでもなく、この一幕は全てクロウが仕組んだものであった。
最初の仕掛けは「霧」である。
以前に「ピット」やグレゴーラム近郊で用いた「霧」と同種のものだが、今回は効能をぐんと落として、単に不安を煽る程度のものに抑えてある。ちなみにその開発には、クロウのマンションに安閑と逼塞しているゲートフラッグ――現・フェイカーフラッグ――の協力があったりする。ちなみに、今回の作戦参加を契機として、彼も芳香をもじった「アロム」という名前を貰っている。
そして、男Aを恐怖に陥れたゾンビ紛いの「村人B」は……実はスケルトンの上にスライムが貼り付いて、村人Bに扮していたのであった。このために態々「怨毒の廃坑」と「クレヴァス」から、芸達者な者を選んで連れて来ていたのだ。
ちなみにこの作戦の肝は、実在の村人に扮するというところにある。これを以て村人たちの間に相互不信――こいつは本当に人間か?――の種を播こうというクロウの悪謀であったが……それを更にもう一手進めたのがミラージュマウスであった。
この一幕芝居の大トリ、本物の村人Bの顔に二重写しに髑髏を浮かび上がらせたのが、そのミラージュマウスの【幻影】スキルであった。
著名な怪談の「む○な」を彷彿とさせるようなこの演出は、甚くクロウの琴線に触れ、駄目押しの一手に採用されたのであった。ちなみに、この件で彼もめでたく正式な従魔に昇格し、「ラミー」という名――そこ、安直とか言わないように――を貰っていたりする。
なお、この一件以来というもの、男Aは決して村人Bに近寄ろうとしなくなった事を付記しておく。




