第二百十九章 ベジン村異変(笑) 1.ヤルタ教跳梁
久々にクロウが派手にやらかします。
才知溢れる眷属や配下たちからの提案によって諜報網構築の目処を立てたクロウであったが……では、どこから手を着けるべきか。
なまじ複数の、それも甲乙付けがたい選択肢を得たばかりに、〝ど・れ・に・し・よ・う・か・な♪〟――などと悩む羽目になっていた。
お手軽と言えば心霊スポット案、エメンの慰霊碑(笑)を建てるという案がお手軽なのだが、慰霊碑の建立を「緑の標」修道会に任せる関係上、ノックスたちともスケジュールを詰めなくてはならない。修道会には他にも休憩所や野営地の整備を任せたいので、計画が決まって着手に至るのは、もう少し先の事になりそうだ。
――という事で、「スリーピース」提案の諜報トンネルを先に試してみようという事になった。その場所は、精霊たちが村人に目撃されて怨霊騒ぎを引き起こした結果、精霊門からの出入りが少し面倒になった朽ち果て小屋、その近くのベジン村という事に決められた。
そして……これが新たな大騒動の引き金となったのである。
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『……ヤルタ教のやつらが彷徨いてる?』
ベジン村地下で諜報トンネルの実地試験を行なうに当たり、現地を訪れた事のある精霊たちに様子を訊ねてみたところ……予想外の答が返ってきた。
『うん。この精霊たちが訊き込んだところでは、それなりに広まりつつあるみたい。入信した村人もいるみたいよ』
シャノアの報告に唖然とするクロウ。このところ温和しくしていると思っていたヤルタ教が……いつの間にこんなところにしゃしゃり出ていた?
能く能く話を聞いてみると、どうやら例の怨霊騒ぎの時に、村人の動揺と不安に付け込む形で出しゃばって来たらしい。〝これぞバトラの手先の仕業だ〟――とか何とか言って。油断も隙も無いやつらだ。勝手に他人をディスってんじゃねぇ。
また村の連中が、何を血迷ったのかヤルタ教に入れ込んでるなど……大方、精霊たちが身を隠すようになったのを、ヤルタ教の御利益だと勘違いしたんだろうが……それでヤルタ教に協力的になったなど言語道断だ。断じて認める訳にはいかん。
……などと大いに憤慨するクロウであったが、その一方で、
(それにしても……精霊たちの諜報能力は、思った以上に優秀なようだな)
――と、内心で舌を巻いていた。
これまでにも色々と貴重な情報を寄越してくれたし、今回の件も精霊たちが探り出したものだ。あのシャノアの同類だと思って当てにしていなかったが……これは評価を改めた方が良いかもしれぬ。
それと同時に、これほど重要な情報を探り出せる精霊たちなら、適切に支援するシステムを用意するべきではないか? 手違いや手抜かりで精霊たちを危険に曝す訳にはいかん。
(これは……諜報網構築の事ばかり考えていたが……精霊たちの支援システムを整備するのも喫緊の課題だな……)
考え込んでいたクロウであったが、
『それで、この後どうするんですか? 主様』
――というウィンの声で現実に引き戻される。
『当然、邪魔してやる。どこであれヤルタ教をのさばらせておくなどあり得ん』
船喰み島での盗み聞きから察するに、ベジン村は当分モルファンの監視下に置かれる可能性がある。なので当分は慎重に動いた方が良い――などと考えていた事は、「ヤルタ教」の名前を聞いた途端にすっ飛んで行った。何しろ、クロウたちがテオドラムに負けず劣らず敵視しているのがヤルタ教である。そいつらが蠢動しているとなると、放って置くなどできないではないか。
何でまたヤルタ教がこんな場所に――などと気になる点は多々あるが、そんな追及は後回し。まずは何よりやつらの布教を邪魔するのが先決だ。
そして――そんなクロウの言葉に、わっと歓声を上げる眷属たち。
『具体的には……どのような事を……お考えですか……?』
『さて、そこだ』
一番簡単なのは、ここで精霊が姿を現して、〝なぁんだ、精霊だったのか〟――で終わらせるパターンだろう。
ただし、それだと精霊門の存在を勘付かれる危険性がかなり高まる。イスラファンでの精霊の扱いがはっきりしない現状では、精霊たちの存在を気取られる危険はなるだけ避けたい。
何しろテオドラムでは、精霊は害虫扱いだというではないか。ここイスラファンでも同じでないと誰が言える。
『――それに、だ。この方法だと村人が間抜け面を晒すだけで、肝心のヤルタ教へのダメージはあまり期待できん。それじゃ面白くないだろうが』
ここはやはり怨霊騒ぎを引き起こして、ヤルタ教の威信を失墜させる方向でいくのが一番であろう。ただし、この時注意しなくてはならないのが――
『ダンジョンとの類似に気付かれては拙い。特に「ピット」とか「間の幻郷」とか、な』
『同じ遣り口は使えないという事でございますな』
『そういう事になる。ま、脅かす手口など幾らでもあるがな』
現代日本人でもあるクロウは、これまで見聞きしたお化け屋敷やホラー映画の手口の数々を、今回の作戦に注ぎ込むつもりであった。
斯くして――関係各位にも無関係各位にも甚だ迷惑な事に――クロウ主導の怨霊作戦が展開される運びとなったのである。




