第二百十八章 モルファンの動揺再び 3.モルファン国務会議(その2)
「ノンヒュームたちが秘匿独占を決め込んでいるのはそのためか」
「回復薬並みの効果が期待できるのなら……」
「いや……騒がせてすまんが、そこまでのものではないようだ。魔力の痕跡から逆算すると、従来品より若干高め――という程度らしい」
「む……」
「騒ぐほどのものではないというのか……?」
幾分頭が冷えた様子の国務卿たちであったが、
「だが……僅かであれ高い魔力が含まれているというのは看過できん」
「あぁ。現状では高い効果は期待できずとも、改良を続けていけば更に濃度を高められるかもしれん」
「ノンヒュームたちもそれを期して、この情報を秘匿しているのだろう」
「まぁ……下手に知られると酷い騒ぎになるだろうな」
ノンヒュームたちは何と恐るべき計画を立てているのか――と慄く国務卿たちであったが……重ねて言うが――違う。
クロウがトレントの砂糖を表に出さないのは、いずれ精糖産業をノンヒュームたちに任せた時、出所の説明が面倒になるからである。一介の絵描き――クロウの公式設定――がモンスターから砂糖を採っているなど……幾ら何でも説明に困るではないか。
そんな裏事情を忖度も理解もできず慄く国務卿たちであったが……或る一人の国務卿の指摘から、事態は更におかしな方向へ進む。
「……いや……しかし……仮にそんな砂糖があったとして、使い処が微妙では? 魔力回復薬より高くついたりはせんか?」
「む……」
「確かに……それは、そうか……?」
何しろモノが砂糖である。熟練の魔術師なら作れる魔力回復薬とは違って、生産できる場所からして違っている筈。輸送量を価格に上乗せする以上、それは回復薬より遙かに高くならざるを得ない。利益率を考えると、回復薬に比して旨味が少ないではないか。
「……調味料としての利用を考えているとか……?」
「将来的な研究のためなのかもしれん」
「いや……動転して頭からすっ飛んでいたが……抑彼らが問題の砂糖を秘匿するつもりなら、糖蜜を販売しているというのがおかしくないか? 店では違う種類の糖蜜として売られていたのだろう?」
「あ……」
「確かに……隠そうという意思が見られんな……」
困惑を深める卿たちであったが、ここで更に問題を錯綜させる者が現れる。
「……話を更にややこしくしそうで申し訳無いが……抑ノンヒュームたちは、どうして糖蜜を売っているのだ?」
黒砂糖を精製して白砂糖を得る過程で、副産物としての糖蜜が得られる。この事はモルファンの商人も知っているし、それが甘味料となる事も承知している。
ただ、白砂糖に較べると若干雑味や癖のある糖蜜は、調味料としては万人受けしないのと、液体という事で運搬が面倒になる事などから、敢えて輸入しようとしないだけだ。同じ加工品なら、白砂糖の方が遙かに利益率が高いのである。
その事を知っているだけに、〝ノンヒュームの店では砂糖も糖蜜も等しく売られていた〟――という報告が気になっていたのである。
「確かに……運搬の手間などを考えると……」
「あぁ、白砂糖を優先するのが当たり前で、糖蜜まで運んで来るのは不自然だ」
「テオドラムへの経済戦という観点で考えても――な」
「考えられるのは……我々の想定以上に近い場所から運んで来ているか……もしくは」
「もしくは……?」
「ノンヒュームたちの船が想像以上に高性能な場合だな」
「我々より高性能な船を運用していると!?」
あわや産地の問題――精糖作物が栽培されているのは、オドラント地下のダンジョン――が看破されそうになったが、幸いにしてモルファンの関心は船の方に向いたようだ。交易の実務に携わるモルファンだけに、船の問題は無視できなかったとみえる。
「だが……そうだとすると、ノンヒュームたちがあれほど安値で砂糖を売っている理由も説明が付く」
輸送コストのかからないほど近場で栽培している場合も、低価格の理由にはなるのだが……分析の結果から精糖作物が既知のサトウキビ――暖地に生育――と考えられた事と、サルベージの件でノンヒュームが船を運用している可能性が高いと考えられた事から、この大陸内で栽培しているという可能性は早々に棄却されていた。
今はそれより〝高性能の船〟の件だ。
「速力か抗堪性、或いは凌波性か……そういう部分が優れているのなら……」
「これは……ノンヒュームは交易の上で侮るべからざる競争相手となるぞ?」
――違う。
クロウが運用する「船」の性能が規格外なのは確かだが、抑あれらはダンジョンであって、一般の船とは一線を画すべきものである。……一般のダンジョンとも一線を画すべき存在ではあるが……
そして何よりも彼によりも、ノンヒュームたちは優れた船など持っていないし、海外貿易に乗り出す予定も無い。また、クロウもそれを勧めるつもりは無い。
しかし……そんな事情の判らぬモルファンは、見当違いの悩みに陥って苦慮するのであった。




