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第二百十八章 モルファンの動揺再び 2.モルファン国務会議(その1)

 イラストリアに滞在するモルファンの連絡員が、ノンヒュームの菓子店で冷房の技術が使われている事に気付き、それを本国へ注進に及ぶその一日前、モルファン本国でもちょっとした議論が持ち上がっていた。何の事かと言うと、イラストリアに派遣した使節が持ち帰ったノンヒューム製――実際にはクロウ謹製――の砂糖類、その分析結果が上がってきたのである。



「混ざり物の一切無い、極上の砂糖か……テオドラムが売り(さば)いている『上質糖』とはものが違うな」

「あぁ、我々が海外で入手している精製糖に成分が似ているそうだ。恐らくは同じか、少なくとも近隣の産地から得られたものだろうというのが、研究院からの報告だな……砂糖については」

「あぁ……問題なのは糖蜜の方か……」



 クロウがオドラントで造っている砂糖は、日本から持ち込んだサトウキビがモンスター化したもの、及びモンスター化一歩手前のものから得られている。ただ幸いな事に、砂糖そのものの成分としては通常のキビ砂糖と大差無く、ゆえにクロウも懸念無くそれを表に出す事ができていた。


 ただし、オドラントにはそれ以外の精糖作物も存在している。(かつ)てオドラントに生育していたトレントの体組織がサトウキビのそれと融合して蘇った、シュガートレントである。こちらから得られる砂糖は、トレントの成分が混じったためか、通常のキビ砂糖とは少しだけ風味が異なっていたのであるが……いずれ精糖産業をノンヒュームたちに任せるつもりのクロウは、表に出せない作物由来の砂糖を市場に流すのは(まず)いだろうと判断。内輪で楽しむだけに留めていた。

 ただ……シュガートレント由来の糖蜜の方は、サトウキビの糖蜜とは風味がかなり異なっていた事もあって、嗜好品としてごく少量だけをノンヒュームたちに卸していたのである。


 ――問題になったのは、このシュガートレント由来の糖蜜であった。



「通常の糖蜜とは明らかに違う。少し()(みつ)に似てはいるが、あれよりずっと香り高い。そして……成分から見て木蜜ではなく、明らかに砂糖を精製した時の副産物という事だ」

「つまり……未知の砂糖が存在するという訳か……」



 ()(みつ)というのは樹液を精製して得られる甘味料で、地球で言うところのメイプルシュガーに近いものである。原料となったのがシュガートレントの樹液のせいか、その砂糖も糖蜜もメイプルシュガーに似た風味を残していた。



「糖蜜というのは砂糖を精製する時の副産物だ。未知の原料から造られた糖蜜がある以上、同じ原料から造った砂糖もあるのが道理だな」

「問題はそこだ。未知の原料から砂糖を造っていながら、その砂糖を市場に流していないという。なぜなのか?」



 試験栽培品で量が少ないという可能性は、議論の()(じょう)にも上らなかった。あの抜け目の無いノンヒュームたちが、そんな海のものとも山のものともつかぬ代物を店に出す筈が無い。なので導き出された答は――



「決まっている。市場に流すと差し障りがあるからだ」



 むっつりと言い放った男の台詞(せりふ)に、もう一人の男が――やはり難しい表情で――続ける。



「問題は――どういう形での差し障りなのかだろう」

「まず……従来のものより収量が大きく、相場の変動を(きた)すというのは……これは除外していいだろうな?」

「うむ。単に収量の問題だけなら、ここまで隠す必要はあるまい。値崩れしない程度に放出するか……或いはテオドラムに打撃を与えるために、とっとと放出している筈だ」



 さすがに大国モルファンの国務卿だけあって、ノンヒュームの砂糖販売はテオドラムへの経済戦の一端である事に気付いていた。



「と、なると……量ではなく質に問題があるという事だが?」

「まず、低品質で売り物にならないというのは却下される。それなら生産を止めれば済む話だ」

「砂糖の方は低品質でも、糖蜜の方だけ極上なのかもしれんぞ?」

「それは……無いとは言えんが……」

「いや、ノンヒュームたちの主目的がテオドラムの打倒にあるのなら、そういう微妙な砂糖の生産には手を着けまい。その分は、普通の砂糖の生産に回す筈だ」

「となると……表に出せぬほど上質の砂糖――という事になるが?」



 (いささ)か想像しにくい結論に辿(たど)り着き、微妙な顔になる国務卿たち。理論的帰結としてはそうなるが、〝表に出せぬほど上質〟というのはどういう事だ?



「……単なる味の違いだけではない――と?」

「特別な効果があるというのか?」

「あるいは……習慣性のようなものか……」



 穏やかならざる想定に、思わずギョッとして発言者を振り返る一同。麻薬成分でも含まれているのか? ……いや……確かに甘味は麻薬のようなものだが……


 そんな中、研究院からの報告書に隅々まで目を通していた男が(つぶや)いた。



「……これか? ……ひょっとして」

「うん? 何かあったのか?」

「あぁ……問題の糖蜜に、〝普通のものより濃厚な魔力の痕跡を確認した〟――とある」

「濃厚な魔力だと!?」

「何らかの魔術的効果があるというのか!?」



 一気にざわめく国務会議だが――違う。


 確かにシュガートレントの樹液にはやや多めの魔力が含まれているが、精製した砂糖に含まれる量は他と較べても大差無い。また、糖蜜に含まれる魔力も、少し時間がたてば散逸してしまう程度のものだ。唯一、これをラム酒にした場合は、なぜか魔力が残留するのだが、それとて騒ぐほどのものでもない。


 ただ……そんな事情は部外者には判らない。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 糖蜜から魔力って上級秘薬あるいは襟臭の原材料扱いされ兼ねませんね(笑)。 [一言] 極上の砂糖と言えば和三盆ですが、メープル風味になったらどんな感じなんでしょうね!! めっちゃ気になり…
[良い点] 次から次と、思惑外の騒動が起きるトコ。 [一言] >唯一、これをラム酒にした場合は、なぜか魔力が残留するのだが、それとて騒ぐほどのものでもない。 だって、自家消費で外部流出しないから。
[気になる点] むっつり? きっぱりじゃなくて??
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