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第二百十八章 モルファンの動揺再び 1.「コンフィズリー アンバー」

 それは、九月というのに珍しく暑い日が続いた時の事であった。


 王都イラストリアに滞在中のモルファンの連絡員――兼・先行偵察員――が、少し脚を伸ばしてシアカスターの菓子店「コンフィズリー アンバー」を訪れたのは。


 北国(モルファン)生まれ北国(モルファン)育ちの彼が外の暑さに辟易(へきえき)し、店内に飛び込んだところで……(ここ)()好くひんやりとした空気に包まれる事になった。



(ふぅ……冬は故国(モルファン)より暖かいそうだが……この時期の暑さはどうにかならんもんかな……)



 ――などとボンヤリ考えていた彼の耳に、客と店員の話し声が入ってくる。



「いつ来てもここは涼しいわねぇ」

「恐れ入ります。暑いと傷み易い商品も多ぅございますので」

「ショーケース……だったかしら? その中も冷たくなってるんでしょう? それだけじゃ足りないっていうわけね?」

「お客様をご不快にさせるようでは、またのお越しをお願いできなくなりますので」



 〝そう言えば……結構な客が入っているというのに、(ひと)(いき)れが無いな……〟などとボンヤリ考えていた男であったが、やがてその示す意味に気付いて衝撃を受けた。



(――ノンヒュームたちは、室内の温度を一定に保つ技術を確立しているのか!?)



 この国は日本のように湿度が高くないため、日蔭に入れば夏でも涼しい。それゆえに、態々(わざわざ)魔力を消費してまで部屋の温度を下げる必要が無かった事もあって、「冷房」という概念があまり発達しなかった。

 いや、正確を期すならば、魔法で室内の温度を下げる事は不可能ではない。難しいのは、室内を快適な温度に「保つ」という事であった。(いわん)や、室内の温度を一定に保ちながら、ショーケースの中だけ更に一段低い温度に保つなど、贅沢の度が過ぎて考えた事も無かったのである。

 それも当然と言えば当然の事で、(そもそも)これほどまでにデリケートな取り扱いを要する商品が、これまでは存在しなかったのである――ノンヒュームたちが砂糖菓子、()けても「飴」というものを売り出すまでは。


 飴に限らず砂糖菓子は、暑いからといって腐るようなものではないが、暑いと溶けて見映えが悪くなる。売れ行きにも影響しかねないが、(そもそも)現代日本人のクロウにとって、店内が暑いなど論外である。ゆえに、ごく当たり前の大前提としてエアコンの効いた店を指示したのだが……これがこの世界のスタンダードから外れていただけである。

 ノンヒュームはノンヒュームで、砂糖菓子を売る店というのはそんなものなのだろうと頭から思い込んでいたために、こっちはこっちで異常性に気付かなかった。いや……正確には〝これくらい異常なのが当たり前〟なのだろうと思い込んでいたわけである。

 それでは人間たちはと言うと、……哀しいかな、五月祭で冷えたビールを売り出すなどという壮挙(・・)を目にしてからというもの、既にノンヒュームたちがやらかす事に慣れてしまっており、〝あぁまたか〟で終わってしまったのである。


 まぁそれはそれとして、夏であっても屋内はヒンヤリと涼しいものだ。態々(わざわざ)魔力を使ってまで、部屋の温度を下げる必要がどこにある。砂糖菓子を売る店であればそこまでの配慮も必要なのだろうが、自分たちがそれに(なら)う必要は無いではないか。

 

 ところが――北の大国モルファンの民にとってはそうではなかった。

 正確に言えば問題なのは、夏ではなく冬の温度管理である。食物を凍らせずに保管するのが大変なのだ。


 なのに――自分たち(モルファン)が安閑と大国の座に胡座(あぐら)をかいている隙に、ノンヒュームは、そしてイラストリアは、着々と技術革新を進めているのではないか?



(このままでは我が国は、技術開発で(おく)れを取ってしまうのではないか?)



 実際にはノンヒュームたちにしても、水と氷の相転移をトリガーにした温度調節が実用化できたばかりで、暖房の温度コントロールはまだ道半ばであるのだが……そんなのは彼の知った事ではない。


 ()くして、危機感に(あお)られた連絡員の男は、慌てて本国に連絡を入れる。


 ――その頃、本国では別口の騒ぎが持ち上がっている事など知らぬままに。


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