第二十八章 ヴァザーリ伯爵領 2.第二次ヴァザーリ伯爵領戦~第一夜~
クロウの本格的な攻撃が始まります。
新勇者のパーティがエドラの獣人村に向かった翌日の夜、領都ヴァザーリにあるヤルタ教の教会はアンデッドの襲撃を受けていた。
「なぜだ! なぜ勇者がアンデッドとなって我が教会を襲うのだ!?」
「勇者様はダンジョンで命を落としたんじゃなかったのかよ!」
「うわぁっ! こっちへ来る……わぁっっっ!」
阿鼻叫喚というのはまさにこれか、アンデッドと化した勇者は生前愛用していた「聖剣」を、今度はヤルタ教に向けて振るっていく。勇者の剣が教会の警備兵を切り裂き、魔術師の炎が祭壇を焼き尽くし、壁役は騎士の剣を防ぎ止め、斥候の短剣は逃げまどう信者たちを傷つけ、そして回復役の魔法は闇魔法となって教会の魔術師を蝕んでゆく。既に戦場は教会の外に移り、領民や領主軍が追いつめられてゆく。
司教の必死の祈りが通じたのか、意外にも死者を出さずにアンデッドたちは、夜明けを待たずに消えていった。……この夜は。
「勇者たちを呼び戻すのじゃ! 新たな勇者の力をもって、魔に囚われし先代勇者を解放するより他にない!」
『よ~し、巧くいった。エドラの村へ向かった新勇者たちを呼び戻すようだな』
『先代勇者は陽動役ですか。贅沢な配役ですな』
『なに、第一幕では陽動ってだけだ。続く第二幕では……』
『何ですかぁ』
『前座だな。尤も、新勇者の方が前座以下の可能性もあるが』
クロウたちはどこでこの一部始終を見ていたのか。呆れた事に彼らはヴァザーリの町の中にいた。ヴァザーリの町に新たに造ったダンジョンの中に。
クロウはヴァザーリ伯爵の館にほど近い空き地の地下に小さなダンジョンを築いていた。小さいながらも強固な壁に守られたダンジョンは、易々とは敵の攻撃を許さない。ただしこのままでは、ダンジョンの魔力が漏れ出て気取られる可能性が高い。そこでクロウはこのダンジョン全体を、新たに作成したダンジョンで覆ったのである。外側のダンジョンはそれほど強固ではないが、魔力の放散を抑えてその存在を隠蔽する能力に長けていた。かくしてクロウは隠密性と抗堪性という二つの要素を兼ね備えた陣地を、敵地内に確保したのである。ちなみに、理想的とも思えるこの陣地の唯一最大の欠点は、出入り不可能という点にあるが、「壊れたダンジョン」の能力で自分のダンジョン内に自由に転移できるクロウには何の問題もなかった。
アンデッドと化した先代勇者がヤルタ教の教会を襲った翌晩、急遽引き返してきた新勇者のパーティと冒険者たちが、アンデッド来襲に備えていた。新たな勇者を呼び戻す事で住民の不安を抑えようとした司教の目論見は、しかし充分に効果を及ぼしたとは言い難かった。
「なぁ、昨夜襲ってきたのは先代の勇者様だよなぁ?」
「あぁ。アンデッドになっちゃいたがな」
「先代の勇者様って強かったんだよな。今の勇者様と、どっちが強いんだ?」
「先代勇者は聖剣を持ってたと聞いたが、当代の勇者はどうなんだ?」
「もし今の勇者様がやられたら、またアンデッドになるのかな……」
先代勇者がアンデッドとなった事を知ったヴァザーリの住民は、呼び戻された新勇者を見ても、心底から安心する事ができなかった。その不安はヤルタ教への信頼を揺るがし、そして少しずつ不信の念を育てていった。
明日はヴァザーリ戦の第二夜を投稿します。




