第二百十六章 革騒動~間奏~ 4.パーリブ受難
「強盗が入った? パーリブの店にか?」
ホルンからその報せを受けたクロウは、正真正銘心の底から驚かされる事になった。クリムゾンバーンの革細工を卸しているパーリブという商人が、強盗に遭ったというのである。聞けばどうやらクリムゾンバーンの革狙いであったらしい。
幸いにして賊は直ぐに捕らえられ、店にも家人にも被害は無かったそうであるが、自分が冬の拠点と定めているバンクスでそんな騒ぎが持ち上がったと聞けば、心穏やかでいられる訳も無い。
クロウ自身はパーリブと面識は無いが、その店がどの辺りにあるのかは見当が付いた。恐らく表を通りがかった事も、一再ならずあるであろう。
「こちらから人員を派遣する必要はあるか?」
『いえ、その必要はありません。バンクスの自警団が見廻りを強化するようですし、我らも既に人員を派遣していますので。ただ、この件はお伝えしておく必要があると思いまして、連絡した次第です』
「……解った。事後の対応はそちらに任せるが、〝ノンヒュームと関わったばかりに貧乏籤を引いた〟――などと言われないようにしておけよ」
『承知しています』
・・・・・・・・
「……大見得を切ったのはいいが、具体的にはどうするつもりだ?」
通話を終えたホルンにそう問いかけたのは、ノンヒューム連絡会議の獣人代表・ダイムであった。
「元々バンクスに定住しているノンヒュームはいねぇし、精霊術師様の事が表沙汰になるのも拙いからって、仲間の派遣は見送る方針だっただろうが?」
「まぁな……今回の件を知れたのも、偶然みたいなものだったし」
偶々バンクスを訪れたマナステラのエルフ商人が、噂に名高い「幻の革」を得られれば万々歳、そうでなくとも、それを一手に扱っているパーリブという商人と顔を繋げる事ができたら――という思惑で店を訪れた時、偶然にも事情聴取の現場に行き当たったのである。
そこでパーリブの店が強盗に遭ったと聞いて驚愕したエルフの商人――セルマインではない――は、その情報を連絡会議に急報したのであった。
「幸いにして、バンクスの商人組合と自警団が目を光らせてくれていたから、大した事にはならなかったが……」
「あぁ、連絡会議が後手に廻った事は確かだな」
バンクスの商人組合とて無能の集まりではない。「幻の革」狙いでバンクスを訪れる貴族や商人が増えてきた時点で、パーリブの店を狙う不心得者が現れる危険性は予測していた。もしもパーリブの身に何かがあれば、ノンヒュームからの革の供給自体が途絶えるかもしれない……という、商人や貴族たちには悪夢のような可能性を仄めかす事でその協力を勝ち取り、隠密裡にパーリブの店を警護する態勢を整えていたのであった。
「今後も向こうの方で監視と警護はやってくれるそうだが……」
「そのためには、パーリブの店に『幻の革』を供給し続ける必要がある訳だな?」
「あぁ。あちらさんだって、善意や道楽だけで手間を背負い込んでる訳じゃないだろうからな」
ある意味で暗黙のバーター取引のようなものが成立する事になったが、
「それとは別に、我々の方でもバンクスに資産を派遣する必要があるんじゃないのか?」
「だが、前にも言ったように、大勢を派遣するのも定住させるのも好ましくないぞ?」
「……少数の冒険者が交替で切れ目無く滞在するように計らうか?」
「その辺りが落としどころだろうが……」
ノンヒューム連絡会議が取引相手に指定しているパーリブの店があわや強盗の被害に遭いかけたというのに、それに対して何の善後策も講じない――ように見える――というのは、これは甚だ外聞が宜しくない。何とかノンヒュームの存在感をアピールする手立ては無いものか……と、関係各位が知恵を絞った結果、以下のような方針が採択される事となった。
・連絡会議事務局とバンクス――の商人組合および自警団――との間にホットラインを確保する。具体的には専用の魔導通信機を渡す。
長距離の通信用魔道具を作るには然るべき容量の魔石が必要だが、何しろ魔石はクロウから〝これでもか〟という規模で支給されている。通話用の魔道具に振り分けるくらい、何の問題も無い。
・ノンヒューム連絡会議は今回の事態を憂慮しているとの声明を出す。
〝クリムゾンバーンの革細工の卸先〟という表現を用いて、暗に〝パーリブの店が被害に遭ったら、今後の革細工の供給は見合わせる〟事を匂わせた。先の商人組合の示唆を裏書きするようなこの声明は、「幻の革」を切望する貴族や商人たちを文字どおり震え上がらせた。何しろノンヒュームには、嘗てリーロットで店を畳んだという実績がある。聞けば今回の「幻の革」も、〝財布に優しい〟値段で卸しているという。端から利益を度外視しているというのなら、供給ラインを閉じる事に躊躇いなど無いだろう。
……という事はつまり、パーリブの店の安全――と「幻の革」の供給――は、需要側に任されたという事だ。事態を重く見た近隣の貴族と商人たちは、挙ってバンクスに協力を誓った。
念の入った事に、ノンヒュームたちはその声明文の中で、彼の店の警備は信頼すべきバンクスに任せる旨を明言していた。これはバンクス側にその責任を自覚させる――丸投げとも言う――とともに、ノンヒュームたちがバンクスへ人員を派遣しない理由ともなっていた。中々に強かな手際であるが、聞けば「鬱ぎ屋クンツ」という獣人冒険者の提案らしい。
ともあれ、一連の事態はこうして終熄に向かったのであった。




