表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1047/1807

第二百十六章 革騒動~間奏~ 2.ヤルタ教天罰編(その1)

 クリムゾンバーンの「幻の革」を巡っては、あちらこちらで様々な悲喜劇が巻き起こっていたのだが、その中には後日に及ぼした影響の点で無視できないものも幾つかあった。

 その一つがヤルタ教の天罰騒ぎである。


 公平を期するために言っておくと、ヤルタ教教主ボッカ一世は、「幻の革」を手に入れよと命じた事は一度も無い。ただ、〝あのような革でマントを作ったら、素晴らしいものができるであろうな〟――と、誰にともなく漏らしただけである。


 クリムゾンバーンの革で(こしら)えたマントがそれほど〝素晴らしい〟かどうかの(せん)()は別として、偉大なる教主がその望みを口にされたという事は、問題の〝革マント〟を献上した者には、望みのままの栄達が待っているという事だ。きっとそうに違いない――と、愚かにも思い込んだ者は少なくなかった。


 ところが、ここでまず問題になるのは、エルギンだけでなくバンクスにもヤルタ教の教会が無い事、そのためノンヒュームの手になるものは、「幻の革」に限らず手に入らないという事であった。

 実際には教会が有ろうが無かろうが、自分たちを弾圧したヤルタ教などにノンヒュームが何かを融通する筈など無いのだが、この手の輩は得てして度し難いものである。たかが亜人の分際で、我がヤルタ教を排斥するとは何事だ――と、大真面目に立腹していたりするから笑えない。


 ともあれ、至高なる教主(げい)()のお望みを叶えんものと――そして栄達を手に入れんものと――下級司祭の一人が部下に無理難題を押し付けたのが、この一幕悲喜劇の発端であった。



・・・・・・・・



「――ですから、ただでさえ予約はお受けしていない状況なのでして。()して一枚皮のマントなどというものは……」



 気の毒そうな中にもキッパリと依頼を断っているのは、バンクスに居を構える皮革商のパーリブである。


 何の魔が差したのか「幻の革」などという大難物に手を出したばかりに、その「幻の革」の総代理店のような立場を押し付けられてしまった。我が身を(のろ)う事(しき)りであるが、覆水は盆に返らず、現在の泥沼――泥沼でなくして何だと言うのだ――から足を洗う事はできそうにない。


 (おど)(すか)し泣き落としなどによる「幻の革」購入の嘆願を、(ことごと)(さば)(こば)み受け流してきたお蔭で、対人スキルにも磨きがかかった。以前なら目通りの機会も貰えなかったであろう大商人をあしらう態度も、今では堂に入っている。三桁に上る依頼を(さば)いたのは伊達ではないのだ。


 そんなパーリブが今日も購入依頼を断っているのだが、今回の依頼は少し毛色が変わっていた。何しろ、「幻の革」で聖職者用のマントを(あつら)えてくれと言うのだ。



(……他のお貴族様だって小物しか注文してないってのに……この旦那は何を考えてるんだ……?)



 パーリブは改めて目の前の男に注意を向けた。見たところどこかの小商人(おなかま)のようだが……お得意に無理を言いつかって、渋々出向いて来た――というところか? ならば、無理の理由を説明してやるのも()(どく)だろう。とっくに承知の上かもしれないが、念のため。



(そもそも)あのクリムゾンバーンの革は、俗に『幻の革』と呼ばれるくらいに珍しい上、その製法も既に失伝しておりまして。故に、(たま)さか手に入った分を使うしか無い訳でして」



 ――チラリと相手の様子を(うかが)うが、この辺りは向こうも承知しているらしい。



「今回のこれは、海の底に沈んでいた船から偶然回収されたものでして」



 ――相手の表情が僅かに揺れた。どうやら興味を引く事ができたらしい。



「海中にあった間に傷んでいる部分があるため、一枚丸々無事な革は少のぅございます。()わば虫喰い状態になっている訳でして、マントのような大物を作れる程に(まと)まった部分は望み得ません。ですから、どうしてもマントをお望みと(おっしゃ)るなら、()()ぎしたものにならざるを得ない訳でして。(ひっ)(きょう)、お値段の方も少々どころでなくお高いものになります訳で」

「むぅ……やはりそうなりますか……」



 実際にはクロウの錬金術だかダンジョンマジックだかで、端切(はぎ)れを集めて一枚皮に(まと)める事もできるのだが……以前にそれを目撃したダイムは、二度とそんな希望は出さないと決めている。あり得ない大きさであり得ない筋目のワイバーンの皮など、二度と扱うのは遠慮したい。

 そういう思いから、一枚皮の可能性については、パーリブにも情報が届いていないのであった。



「はい。そういう訳でございますから、他のお客様方も小物しか注文なさいません訳で……いえ、それ以前に王家とのお約束で、クリムゾンバーンの革小物は全て一括してあちら様にお渡しする事になっておりますのですが……」



 ――(そもそも)の話として、()()べてワイバーンの革というものは、丈夫ではあるが防寒には向かない。なんでマントなんかを欲しがるんだ? 単に見せびらかしたいだけか? 成金趣味のお大尽にでも命じられたのか?



 パーリブが内心で首を(ひね)っている時、当の商人らしき男も密かに思案を練っていた。どうやら「幻の革」のマントを手に入れるのは望み薄だ。しかし、それを真面目に報告などしたら、あの短気な司祭様の事だ、どんな災難が降りかかってくるかしれたものじゃない。ここはどうにかして時間を稼ぎ、その間におさらばを決め込むしか無いだろう……



 ()くして、悲喜劇は次の幕を迎えるのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 久々のヤルタ教、是非ともどこぞの国の男爵みたいな赤っ恥な喜悲劇を期待してしまう。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ