第二百十五章 「緑の標(しるべ)」修道会 7.王都イラストリア 王国軍第一大隊(その2)
面喰らった様子の上司を見て、すまなさそうに頭を下げるウォーレン卿。
「あぁ、すみませんでした。彼らは『緑の標』修道会を名告っており……」
「修道会だぁ!?」
「……委細はこちらに」
ウォーレン卿が差し出した報告書を引っ手繰るように手に取って、中身に目を通したローバー将軍であったが、
「……ウォーレン……」
「少なくとも、彼らの主張には一理ありますし、緑化を始めているのも事実のようです」
「そうかもしんねぇけどよ、最初に……いや、最初はフルック村なのか……ともかく手がけたのがテオドラムとの国境線沿いの緑化ってなぁ……ちと出来過ぎじゃねぇか?」
「その場所を提案したのはフルック村の村長のようですし、付近の住民の間で問題になっていたのも事実のようです。関係部署に問い合わせてみたところ、テオドラムの国境侵犯は確認していたが、下手に動くと国際紛争を招きかねないとして、自分たちの方から行動を起こすのは控えていたそうです」
「あの国が国境ってものを理解してるとも思えんしな」
面倒な隣国テオドラムに対しては大いに思うところのある将軍であったが、それでもⅩことクロウが国境線に手を出したというのであれば、これは見過ごす事はできない。下手をすると、イラストリアに迸りが来るではないか。
「いえ、それが……ややこしい事になっているのは事実のようですが……その責はテオドラム側にあるようで……」
些か困惑した面持ちのウォーレン卿――Ⅹ絡みの事案では珍しくない――から差し出された報告書に目を通したローバー将軍は、
「……ウォーレン……」
「えぇ、何を血迷ったのかテオドラムの連中、修道会が折角再生させた木立を、強行伐採したようなんですよ。そのせいで現地の住民は、テオドラム上層部に不信と反感を募らせているとか」
「テオドラムに対する揺さぶりか? 内乱でも起こそうってのか?」
「さて……幾らⅩといえども、ここまで妙な展開を想定して動いたとは思えませんが」
「……確かにな。……てぇと……テオドラム側への緑化ってのは、Ⅹの意を受けた修道会の慈悲ってやつか?」
「Ⅹの指示があったかどうかは判りませんが、本来の任務は荒らされたイラストリア領内の森林を回復させる事でしょうね。国境となる林の縁にイラバを茂らせて、イラストリアへの再侵入を阻止もしているようですし」
「……んな事ぁどこに書いて……あぁ、ここか……」
「イラストリア領内の森林を荒らさせない代わりに、テオドラム側に利用できる木立を創ったんでしょう。修道会としては、テオドラム住民との軋轢を緩和するつもりだったのかもしれませんが……」
「テオドラム上層部がその排除に動いた訳か」
「えぇ、なぜそんな行動に走ったのかは理解できませんが」
不可解そうなウォーレン卿であったが、彼より――少しだけ――年長のローバー将軍には、思い当たる節が無いでもなかった。
「ふむ……ウォーレン、テオドラムのトレント討伐騒ぎについて聞いた事は無ぇか?」
「トレント……? いえ、不勉強にして存じませんが?」
「まぁ、テオドラムの建国当時に遡るって昔話だからな。儂も何かの弾みで聞いただけで、今の今まで忘れてたんだが……」
そう前置きしてローバー将軍が話したのは、嘗てオドラントに蔓延っていたトレントの大群落を討伐した結果、その呪いでオドラントが今のような荒れ地となったという一件であった。
「成る程……つまりテオドラムとしては」
「あぁ、問題の木立がトレントだって可能性を見過ごせなかったんだろうな」
「しかし現場の住人としては、実際にトレントなのかどうかも確認しないで伐採を強行した上層部の行為に納得はできない――と」
「まぁなぁ……日々の木材不足をどうにかできるかもしれないって希望が見えた矢先に、その希望を吹っ飛ばすような真似をされちゃあなぁ……解らねぇでもねぇんだが……」
「テオドラムは現地に対して何らかの補償を講じるでしょうか。それ次第では、現地住民の懐柔も可能だと思いますが」
「今のあの国に、そんな余裕は無ぇだろう」
「……と、なると……」
「あぁ、面倒な話になりそうだぜ。……テオドラムにとっても俺たちにとっても――な」




