第二百十五章 「緑の標(しるべ)」修道会 1.クロウ(その1) 【地図あり】
ローバー将軍の願いを聞き届けた訳ではないだろうが、クロウとて好んで面倒を引き起こしている訳ではない。強いて言うなら巡り合わせというやつであろう。
そして……この時も、その巡り合わせの妙味が遺憾無く発揮されようとしていた。
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テオドラムとの国境線沿いの緑化が或る程度進んだ時点で、クロウは次なる緑化候補地の選定に入っていた。
『あら? 先に国境線を終わらせるんじゃないの?』
『国境線の長さがどれだけあると思ってるんだ。全部やろうとしたら、最低でも数ヶ月はかかるわ。馬鹿正直にやってられるか』
元々修道会は、諜報活動の隠れ蓑としてでっち上げたものである。なのに現状では、凡そ人的情報収集には最も不適な、人通りの無い国境沿いの森で緑化作業に勤しんでいる……
これはこれで意義のある活動なのかもしれないが、少なくともクロウの意に沿った展開ではない。ゆえに、
『蚕食の酷い部分だけを優先して、後は追々で充分だ。あまりこんな場所に長居をすると、テオドラムの馬鹿どもが何をしでかすか判らん』
――という結論となり、他の緑化候補地について考える仕儀と相成ったのである。
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『ねぇクロウ、こないだト……トモノカイのダンジョンマスターが言ってたじゃない。バンクスの南にあるダンジョン跡地の事』
『あぁ、確か……「バモンのダンジョン」だったか。それがどうかしたか?』
『うん。あそこはリョッカしないの?』
『あの山をか?』
越冬拠点としてバンクスに居を構えた際に、薬草調査の名目で、クロウは問題の山の近くにまで足を伸ばしている。遠目に見ただけではあったが、そこそこ緑豊かな山に見えた。少なくとも、緑化が必要なようではなかった筈だが?
『ううん。ダンジョン跡地の周りは木を伐ってあるのよ』
『ダンジョンの周りだけか? 何でだ?』
『何でも、魔力が集まってダンジョンが復活するのを阻止するんだって』
――という、無邪気なシャノアの説明を聞いたクロウは頭を抱えた。
『お前なぁ……魔力が集まってダンジョンが復活するのを阻止するために木を伐ってるのに、そこで緑化なんかしたら、ダンジョンを復活させようとしていると誤解されるだろうが』
『え? でも、クロウはダンジョンマスターなんでしょ?』
別に問題は無いじゃない――と言いたげなシャノア。
『あ・の・なぁ……緑化の主体は俺じゃなくて修道会だろうが!! 修道会がダンジョンマスターの手先だなんて吹聴するつもりか!? お前は!!』
怒鳴られたシャノアは暫くキョトンとしていたが、
『……あ……あ、あ~……そういう事になるのかぁ……』
『なるんだよ……』
頭痛を堪えるように頭を抱えたクロウ、気の毒そうにそれを見遣る眷属たち、そして、決まり悪げなシャノア。
『……抑だ、何であの場所を緑化しようなんで言い出したんだ?』
ダンジョン跡地の周辺はともかくとして、山全体で見れば充分に緑で覆われている。敢えて緑化を言い出す理由が見当たらない。
『う、うん。精霊門を開いてもらえないかなって思って』
『精霊門?』
成る程、ダンジョンとは魔力や魔素の濃集地に発生する事が多い。言い換えれば、ダンジョンやその跡地というのは、魔力が集まり易い立地である。精霊門の適地と言えなくもない。
『だが……あの山は山脈の延長上にあったぞ? 確か「神々の四阿」だったか? 精霊なら山脈に沿って移動できるだろう?』
ついでに言うなら、「神々の四阿」の延長上にあるため、魔力循環という点でも、敢えて緑化する必要は無い。なのにあの場所に精霊門を開く理由は?




