第二百十四章 チョコレート・ゲーム 7.人間たち
「エルフたちが動いているというのは本当か?」
「あぁ、それは間違い無い。……何を企んでいるのかまでは判らんがな」」
クロウの教示もあって隠密裡にチョコレートとココアの試作に動いたノンヒュームたちであったが、〝上手の手から水が漏る〟というか、その動きは早々に露見する事となった。――いや、露見したのは〝ノンヒュームたちがまたぞろ何かを企んでいるらしい〟という事までで、その詳細については曝かれていないのであるが。
世間ずれしていないノンヒュームなりにとは言え、細心の注意を払って動いていた筈が、なぜ早々に尻尾を掴まれるような事になったのかというと……
「彼らもそれなりにこっそりと動いたつもりだろうが……町からエルフの姿が消えれば、どうしたって関心を引くからな」
「定住している者は動かさないくらいの配慮はしていたようだが……」
「あぁ、各地の冒険者ギルドは、自分の所に滞在している冒険者の去来には敏感だからな。況してそれがノンヒュームとなると……」
「このところのアレコレに鑑みれば、無関心ではいられんだろうな、確かに」
……人材の移動が原因であった。
何しろクロウが指示したチョコレートの製法は、微粉化から搾油、攪拌に至るまで、これでもかという勢いで錬金術や調薬のスキルを使い倒すようになっている。クロウのような――エルフでさえも及ばない程の――馬鹿魔力の持ち主でもなければ、早々に魔力枯渇に陥るのは避けられない。その打開策としては、調薬や錬金術のスキル持ちを、各地各国から掻き集めるしか無いではないか。
それに加えて――
「獣人たちの動きもおかしいらしいな。なぜか解らんが、家畜を買い集める者がチラホラと現れているらしい。……大規模な動きではないようだがな」
「それだけじゃない。魔道具職人のところにもノンヒュームが現れたそうだ。どうもマジックバッグを買い集めているようだな」
「マジックバッグ? 安いもんじゃないだろう?」
「要領と効果が充分なら、値段は気にしていないらしい。羨ましい話だ」
「そう言えば……【収納】スキル持ちのドワーフも、どこかへ雲隠れしていたな」
「マジックバッグに【収納】スキルか。まぁ、これは何かの運搬を考えての事だろうが……」
「……それに、調薬と錬金術が、どう関わってくるんだ?」
「それなんだよなぁ……」
クロウの感覚では、調薬も錬金術もどちらも同じ化学系のスキルとして括られているのであったが、こちらの世界の住人にとってはそうではなかった。
確かに、薬品の調合などで共通する部分はあるが、それは初歩的・基礎的な部分であり、態々ノンヒュームのスキル持ちを他所から動員するほどの事ではない――と、考えられていたのである。基本的に薬師と錬金術師が互いの領分を侵さないようにしている事もあって、両者が同じように必要とされる理由が思い付かないのである。まさか、微粉化や攪拌などという、初歩も初歩の作業に動員されている――などとは、健全な良識が邪魔をして思い至る事ができなかった。
――それに加えてマジックバッグと【収納】スキルである。
「オッカムの剃刀」に従えば、これらは全て単一の原因に基づくものと仮定するのが理に適っている。適ってはいるのだが、その〝単一の原因〟というものが、どうやってもとんと思い浮かばない。
「……何かの薬を大量に作るつもりか?」
「疫病にでも備えているというのか?」
「それは判らんが……そうすると、集めている家畜というのも荷役用か?」
「いや……それが……荷役用ではなく乳用家畜だそうだ」
「乳用家畜?」
「余計に訳が解らんじゃないか」
「……大量のチーズでも作るつもりかな?」
「チーズくらいなら何も今更、錬金術や調薬のスキル持ちを動員する必要はあるまい。魔術やスキルなど使わなくてもできる事だ」
「だよなぁ……」
これが錬金術だけであれば、時期的に贋金関係かと勘繰られただろうが、調薬スキル持ちまでもが動員されている事で、その疑いは棄却される。況んや乳牛においてをや――である。
「……一体、ノンヒュームたちは何を考えているんだ?」
・・・・・・・・
商業ギルド・冒険者ギルド・薬師ギルド・錬金術師ギルドなどが揃って頭を悩ませているこの問題は、当然のように各国首脳部の頭をも悩ませていた。……言うまでもなく、イラストリア王国軍第一大隊もその例外ではなかったのである。
「……これもⅩの差し金だってのか? またぞろテオドラムに何か仕掛けようってのか?」
「さぁ……ただ、テオドラムに対する作戦行動だとすると、あまりにも目立ち過ぎではないでしょうか?」
「ノンヒュームの感覚では、あれでもコッソリやってるつもりなのかもしれんぞ?」
「だとしても、Ⅹが本気で秘匿行動を採るつもりなら、もう少しまともな作戦行動を採れた筈です。現にこれまでは、何の兆候も見せずに事を起こしてきた訳ですから」
「確かにな」
Ⅹことクロウとノンヒュームたちが何かを企図して動いているのは確かだろうが、その目的がとんと掴めない。直近の事態と言えば、モルファンの件絡みで食器を注文した事ぐらいか……
「いや……ありゃあモルファンが話を持ちかける前だったか?」
あの時は目まぐるしく事態が展開したので、どうも前後関係の記憶ががあやふやになっている。
「いえ、その後に革小物と陶磁器の提供を打診していますから、間違いという訳ではありません」
「……あぁ、マナステラや沿岸国に提供しようとしたやつか」
「その後で、エルギンの駐在員がモルファンの一件を事務局に説明に行って……確か、新機軸の酒の件を確認している筈です」
「……てぇと……こりゃ、酒の開発に絡んでの動きか?」
錬金術と調薬のスキルを必要とする酒というのは何か怖いものがあるが、酒の開発というなら解らなくもない。だが、乳用家畜の買い入れは、それにどう関わってくる?
「……牛の乳から酒を造ろうってのか?」
「……そういう酒があるという話は、耳にした事がありますが……」
これがモルファン――正確にはモルファン歓迎パーティ――をターゲットにしての行動というなら、イラストリアとしても拱手傍観はできない。できないのだが……何をどうすれば良いのかと訊かれると、返答に困るのも事実である。モルファンにしろノンヒューム或いはⅩにしろ、下手にちょっかいを出していい相手ではない。
「頼むから余計な面倒を引き起こさねぇでくれよ……」
心の底からそう願うローバー将軍なのであった。




