第二百十四章 チョコレート・ゲーム 5.難題再び~獣人たちの酪農チーム~(その2)
大仕事になりそうな気配に、獣人たちの間からウンザリした声が上がるが、
「……確かにそれくらいはしないと、菓子班から苦情が出そうだな……」
「あぁ。向こうはタイプ毎にレシピを確立する必要があるんだ。面倒臭さはこっちの比ではあるまい」
「そうだな……」
「逆に言えば……そういう事も考えた上で、キャプラの飼育や増産の計画を立てねばならんという事か?」
今まで気にも留めていなかった素材の均質化・標準化、或いは品質管理という概念に、獣人たちが目覚めた瞬間であった。
「……以前に精霊術師様が仰ってたそうなんだが……菓子作りは調薬や錬金術と同じなんだそうだ」
「何?」
「どういう事だ?」
「だから……決まった品質の材料を、決まった分量だけ、決まった手順で処方する。それが菓子作りの要なんだそうだ」
「……だが……薬草でも何でも、品質のばらつきはあるだろう?」
「あぁ。だから、そこは腕でどうにかして、毎回同じ品質のものを供給する必要があるんだと。薬効がその都度変わるようでは、患者だって困るだろうと仰ってたな」
「むぅ……成る程……」
品質管理の問題は追々考えるとして、もう一つの問題は量の確保である。
「キャプラを殖やすにしても他の家畜を増やすにしても、どのみち直ぐには間に合わんぞ?」
「まぁ、当面はそこまでの量は要求されんだろうし、されても断るしか無いだろう」
「何れにしても、飼育規模の拡大は決定だな」
「あぁ。どこの村に余裕があるか、それも問い合わせる必要がある」
「味わいの標準化は、それも見越して決める必要がある訳か……」
順調に増えていく仕事量に、獣人たちは項垂れるしか無い。……手持ち無沙汰だなんて言うんじゃなかった。「暇」という単語が懐かしい。
そう嘆息していたところへ、
「なぁ……それについて、ちょいと気になる事があるんだが……」
――また新たな方向から問題を提起してきた者がいた。
「……まだ、何かあるのか?」
「正直、聞きたくないんだが……」
「それでも聞かない訳にはいかんだろう。……何だ?」
「あ、あぁ……いやな、苦労して何とかキャプラを殖やした後になって、ミルクが不要になったらどうする? 人間たちが牛の乳を安く提供する目処が立った――とかで」
「あ……」
「……無いとは言えんな」
二階に上がって梯子を外された形になると、割を喰うのは獣人たちである。
「いや……仮にそうなっても、問題は無いそうだ」
「何?」
「どういう事だ?」
「連絡会議と精霊術師様は、その点についてもお考えだった。それによるとな――俺たちはこの『携帯ゲート』とやらで迅速な供給ができるが、牛の乳を他所から運んで来る場合、どうしても時間と手間がかかるのは避けられん」
「あぁ……その分の費用がかかる訳か……」
「需要に対する即応性も問題になりそうだな」
「それに、授乳期間の長いキャプラでは、通年でミルクを供給できるが、牛だとそれは難しいだろう。チョコレートの製造と販売は、暑い時期には難しいから……」
「――ちょっと待て、その話は聞いてないんだが?」
「……そうだったか? あぁ、つまりチョコレートってのは、口の中に入れると直ぐ溶ける。つまり暖かいと溶け易いんだ」
「あぁ……そういう事か。……続けてくれ」
「だからな、牛の乳を供給できる季節とチョコレートを製造・販売できる季節とが、食い違う可能性があるんだよ。それらを考えると、キャプラの優位はそうそう崩れないだろうって話だった」
話を聞いてう~むと唸る獣人たち。成る程、上の方は色々と考えているものだ。
「それとな……仮にキャプラのミルクが余るような事態になっても、何も問題は無いんだそうだ。……余ったミルクの利用法など幾らでもあるそうでな」
「……嫌な予感がするが、敢えて訊くぞ? どういう利用法があると言うんだ?」
「あぁ、キャプラのミルクを一晩放置しておくと、二つの層に分かれるだろ?」
「あぁ、バターを造る時の話だな」
「そう。それで……その、バターを造る前の段階のものをクリームというんだそうだが……これがな、新しいタイプの菓子の材料になるんだと」
ほほぉ――と聞いていた獣人たちだが、やがてその意味が理解できると、一気に青褪める事になった。
「……ちょっと待て……新しいタイプの菓子?」
「あぁ。砂糖菓子と違って日保ちがしない上に、作るのに手間がかかるから、精霊術師様もレシピの提供は控えていなさったそうなんだが……チョコレートを作るんなら好い機会だ――と仰ったそうでな……」
――自分たちは、開けてはいけない禁断の扉を開けてしまったのかも知れない。
絶望と後悔の念に囚われる獣人たちなのであった。




