第二百十四章 チョコレート・ゲーム 4.難題再び~獣人たちの酪農チーム~(その1)
調薬や錬金術持ちのエルフたちが、泣きの涙でチョコレートの試作に挑んでいる頃、それとは別次元で頭を悩ませている者たちがいた。ミルクの確保を命ぜられた獣人たちである。
「確かにキャプラは採乳には向いているが……」
「俺たちだって大量に飼育している訳じゃないからなぁ……」
クロウからの警告――絶対酷い騒ぎになる――を受けた連絡会議は、原料となるミルクの確保は大前提であると判断した。人間たちから牛乳を購入するという手もあるのだが……
「ココアってのはミルクと混ぜて飲むんだろ? それを売りに出したら、人間たちの間でミルクの需要が高まるんじゃないか?」
「入手が難しくなる事は、充分に考えられるな」
「ココアを提供しない――というのは?」
「チョコレートよりもココアの方が製造が楽らしい。チョコレートに先んじてココアを出して、人間たちの反応を見る事もあり得るそうだ」
「それに……もしもココアやチョコレートが好評を博したら、我々だけが利益を一手に得る事になり、あまり好ましくないそうだ。人間たちの間でミルクの需要を高める事で、そっちに利益を回す事も考えているらしい」
「その意味でも、ココアの提供は既定の方針か……」
「つまり……少なくとも当分の間は、チョコレート用のミルクは自前で賄う事になる――と」
理屈は解ったものの、現実の問題となるとまた別である。
「だが……キャプラはそうまで直ぐには殖やせんぞ?」
「あれは子供の時期が長いからなぁ……。まぁそのお蔭で、俺たちがミルクを利用できる期間も長いんだが」
「殖やすとなるとそれが裏目に出る訳だ」
「キャプラ以外の乳用家畜を増やすか?」
「しかし……俺たちの村で飼うには、キャプラ以上に適したものがいないから、これまでキャプラを飼ってきた訳だろう?」
今更乳牛を飼うのもどうなのか――という意見には、反対するのが難しい。
「将来的には他国からの輸入という事も視野に入れるべきと、精霊術師様は仰ったそうだが……」
「今の段階では無理だろう。当面は自前で賄えるようにしないと」
「うむ。他所から運んで来るとなると、腐敗の問題も考えんといかんからな」
嘗てのO-157騒動を記憶しているクロウとしては、衛生面には喧しくならざるを得ない。幸いにこの時は、マジックバッグや収納スキルで殺菌が可能という――異世界ならではの――裏技に気付いたお蔭で事なきを得たのだが……それはそれで、マジックバッグや収納スキル持ちを集める必要があるという問題を引き起こした。
「……とりあえず、今はあちこちの村から集めたミルクでどうにかするしか無い」
「あぁ。幸いにして精霊術師様からは『携帯ゲート』をお預かりしているしな。そこに集めさせればいいだろう」
ビールを冷やす氷を置いておくためにクロウが氷室ダンジョンをでっち上げ、そこに通じる「携帯ゲート」――これも大概にアレな代物である――をノンヒュームたちに渡したのが発端だが、これは双方に色々と便利だという事になって、クロウは幾つかの携帯ゲートと倉庫用のダンジョンをセットで連絡会議に提供している。その一つをミルクの集積場所として使えば、キャプラのミルクを集めるのに問題は無い。
――そう思っていた獣人たちであったのだが……
「……参ったな……ミルクの味がこれ程ばらつくとは……」
各地から集められたミルクの味が、村ごと種類ごと個体ごとに著しい違いを見せたのであった。
「ここまで味わいに差が出ると、チョコレートの味や品質にまで影響しかねんぞ?」
「だが、どうする? 餌の種類でも統一させるか?」
「餌が違うというのは、村々の立地の問題だろう。生えている草から違っているだろうに、それを無視して飼い葉を揃えるよう強制するなどできん」
「だが……今のままだと、チョコレートを作っている連中に負担がかかるぞ? 何しろミルクの味わい毎に、違ったレシピを用意する羽目になるんだ」
少なくとも、エルフたちに恨まれるのは必至だろう。折角ノンヒュームとして結束したところなのに、こんな事で不協和音を生じるような真似はしたくない。
「全部混ぜてみちゃどうだ? 上手い事ばらつきを打ち消しあってくれるかもしれんぞ?」
参加者の一人から平均化という案が出され、それもありかと検討に入ったのだが、
「しかし……毎回同じところから同じ量が提供されるとは限らんだろう。ただ混ぜるだけでは、その都度味わいが変わる事になりはせんか?」
「……だな。予め似たような味わいの組に分けておき、それらの中で混ぜるか?」
「だとしたら、量を多く確保できるものを基準にする事になるが……」
「……このばらつき具合から考えると、標準品として供給できる量は半減しないか?」
「だな。それに、味わいの違いは寧ろ売り物にできるかもしれん」
「幾つかのタイプに分けて供給する方が良いか」
「待て、議論の方向がずれているぞ。そもそもの問題である味のばらつきはどうするつもりだ? 幾つかの組に分けたとしても、その中でのばらつきは生じるだろう?」
「……こちらで一つ一つ味を確かめ、同じような味わいになるように配合するしかあるまい……」




