第二百十四章 チョコレート・ゲーム 3.難行再び~エルフの甘味チーム~
クロウが納得した事によって、ノンヒュームの甘味チームはチョコレートとココアのレシピを提供され、試作の運びとなった訳であるが……彼らは早々に自分たちの勇み足と身の程知らずを呪う羽目になった。
まず第一に、ローク豆の果肉を粉砕してローク・パウダーを作る工程、ここで最初の壁に突き当たったのである。
クロウは持ち前の馬鹿魔力と錬金術を駆使する事で、無自覚に強引に突破したのだが……同じ真似をエルフたちに求めるのは酷というものであった。
「……微粉化……って……ここまで細かくしなきゃならんのか?」
「ここまでしないと、味わいが滑らかにならんそうだ。……精霊術師様の仰るにはな」
クロウが錬金術で試作品を仕上げたと聞き、エルフにも数少ない錬金術と調薬のスキル持ちが集められたのだが……そんな彼らをしてさえ、クロウの要求はハードルの高いものであった。
「いや……調薬でも散薬を作るから粉末化の術は心得ているが……ここまで細かくした事など無いぞ?」
通常の粉薬よりも更に細かい微粉化を要求された調薬持ちのエルフは、戸惑いとドン引きを隠せなかった。
大体、大きな塊を砕くのは容易だが、細かな粒を更に細かくするとなると、形成する魔力面もそれ相応に、肌理の細かい緻密なものが要求される。今までそんな事は試した事も無い。しかも、少しでも力加減を間違えると器ごとひっくり返しそうになるため、通常より一段と神経を使う。
「これは……微粉化には薬研か何かの道具を用いた方が良いのではないか?」
「うむ……先の事はともかくとして、試作の段階ではその方が良いかもな」
「一から薬研で磨り潰していれば時間がかかる。下拵えまでは調薬のスキルで済ませた方が良いだろう」
「あぁ……精霊術師様からの指南書によると、あまり細かくし過ぎると、却って口溶けが悪くなるそうだ」
「……どうすればいいんだ……」
「ま、精霊術師様から見本を戴いているから、これを手本として試行錯誤するしか無いな。精霊術師様の見本にしても、これが最適なのかは判らんとの仰せだからな」
どうにか微粉化を終えてローク・パウダーを得るまではできたが、今度はローク豆の種子から油脂を取り出す工程に悩む事となった。
「……通常なら潰すとか煮るとかして油を取り出すんだろうが……」
「原料となる種子の量が少ないからなぁ……」
「精霊術師様は、これも錬金術でなさったそうだが……」
「いや……見た事も無いローク豆の油をいきなり抽出するというのは……」
錬金術や調薬のスキルで成分の抽出を行なうには、抽出する成分の特性などを十二分に把握している事が前提になる。通常は鑑定などを繰り返す事で、その成分の魔力特性を把握して、そうして初めて抽出が可能になるのである。幸いにして、見本となるロークの油脂はクロウが提供してくれたが、
「……魔力特性を掴むには、それ相応の時間がかかるんだ。何しろ鑑定を繰り返す訳だからな」
疲労と消耗が激しいため、魔力と気力の回復を待つ必要があり、それなりの時間がかかるのだという。一旦覚えてしまえば、後は問題無いそうなのだが。
「どうする? 試作には他の油を使うか? キャプラのバターとか」
「いや……そっちで作った場合、精霊術師様のお手本が無い。それに先々の事を考えると、ローク豆から抽出した方が良いだろう」
「……という事は……」
「……頑張れ」
「魔力回復のポーションは用意してやる」
「大丈夫。本当の限界は、お前が思っているより先にある」
生贄とされた調薬持ちや錬金術持ちのエルフたちが己が身の上を呪う事になったが、とりあえずローク・パウダーとローク油が揃う事になった。
そこで彼らは第三の壁に突き当たる事になる。
「……攪拌?」
「あぁ、材料を混ぜた後で馴染ませる工程が不可欠なんだそうだ」
「……錬金術の攪拌でいいのか?」
「構わんそうだ。ただし、材料が完全に馴染むまで、充分に攪拌する必要がある」
「……どのくらい混ぜるんだ?」
「さて……手作業でも三日ほどやれば大丈夫らしいが……」
チョコレート製造でコンチェと呼ばれる工程である。嘗てチューリヒでココアを製造していたルドルフ・リンツは、材料を三日間磨り混ぜる事で、滑らかな食感のチョコレートを作り出したという。現代ではコンチングマシンと呼ばれる攪拌機を用いているが、この工程に時間をかけるのは変わらない。
ちなみにクロウはそこまでの手間を嫌って、錬金術の攪拌スキルにエイジングまで動員して済ませたのだが……
「エイジングなんざ使えるか!」
「……さすが精霊術師様だな……要求するレベルが並みじゃない……」
「……手作業で混ぜるか? ……三日間」
「それもなぁ……」
「精霊術師様からは、魔道具を使ってはどうかとの提案があった。攪拌自体は単純な回転運動で間に合うから、以前にワタガシを作った時の魔道具が利用できるのではないかとの仰せだ」
「あぁ……そう言えばあったな、そういうのが」
新たに魔道具作成班が動員されて試作品を作ってみたのだが、
「……そのまま使うのは無理だな」
「あぁ、この……ドゥとかいう材料は粘り気が高い。出力を上げてやる必要がある」
「出力は必要だが、回転の速度が上がり過ぎないようにしないと拙いぞ」
「その辺りも調整する必要があるな」
即座にでっち上げるのは無理という事で、試作品に関しては、エルフたちが泣く泣く手作業で攪拌する羽目になるのであった。
そして――この後更にテンパリングという難題に直面する事で、エルフたちの心はメキメキポキポキと折られていくのだが……それはまだ先の話になる。




