第二百十三章 名も知らぬ遠き土地より流れ着く……@船喰み島 2.試食
頑丈な上にしっかりと蓋を打ち付けてあった木箱であるが、クロウのダンジョンマジックに抗し得る程ではなかったとみえて、あっさりとその中身をさらけ出す事になった。
(『……クロウのダンジョンマジックに抵抗できる木箱なんて、そんなものがそうそう有るわけ無いじゃない』)
『何か言ったか? シャノア』
『別に~。それより、何が入ってるのよ?』
『あぁ、さっきの精霊の言ったとおり、果実や堅果の類のようだが……』
箱の中に入っていたのは、確かに果実や堅果の類であった。それも、クロウが日本で目にしているのと同じような。
(……収斂進化というやつか? 見慣れたようなものばかりだが……うん?)
ココナツ・マンゴー・パパイア・パッションフルーツ・マンゴスチン・フェイジョア……などと、ほぼ地球世界のそれに該当するようなこの世界の果実を検分していたクロウの目がとある豆の上――正確には、その鑑定文の上――で止まった。
(ローク豆……地球のイナゴマメと同じようなもの……いや、少し違うのか? 地球じゃキャロブとかカロブとか言って、チョコの代用品に使ったりしてたようだったが……)
日本ではあまり知名度の高くないキャロブ或いはイナゴマメであったが、そこはクロウこと黒烏先生もラノベ作家の端くれである。トリビアとしてそれくらいの事は承知していた。実際に食べた事は無いのであるが、鑑定してみた結果では――
(ふむ……地球のイナゴマメより莢が大きく、果肉の部分も多いようだな。果肉の部分は、地球のキャロブと同じように、ココア代わりになるようだが……チョコレートを作るには脂肪分が足りんか。ミルクか何かを添加……いや?……種子には随分と脂肪分が含まれてるな? イナゴマメより大豆かピーナッツに似ているか? ……待てよ? 種子の脂肪分なら、果肉部分との親和性も高いのか……?)
『ねぇちょっとクロウ、さっきから黙りこくって、一体何を考えてるのよ?』
こっちでもチョコレートが作れるかもしれないと判った途端、異世界のチョコを食べたいという欲求と、そこから生じるであろう面倒のあれこれを内心で天秤にかけていたクロウであったが、その態度を訝ったシャノアの追及を受ける事になった。
『あぁ……いやな、丁度食べ頃みたいだし。植えるにしても、まず試食してからだろうと思ってな』
『マスターっ! 是非! 今! すぐにでも!』
クロウの言葉に予想どおりキーンが食い付き、あわよくばこのまま有耶無耶に……と期待したクロウであったのだが……
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『マスターっ! これ、美味しいです!』
『そうね……ココっていったかしら? この汁もそうだけど、中のクリームみたいなのが美味しいわね』
『それ以外の実も絶品でございますな。殊に、このマスタンガというのは……』
『このぉ、シェリムっていぅのもぉ、おぃしぃですぅ』
『パピアの……実も……中々……』
『主様、これって植えるんですか?』
ウィンの質問にキーンが反応したのは想定内であったが、それ以外の眷属たちも挙って栽培を薦めてきた。のみならず、成り行きで試食に参加した精霊たちも、できれば船喰み島に植えてもらえないだろうかと嘆願してきたのは、クロウにとっても些か予想外であった。
『ふむ……そう言えばこの島、果樹の類が見当たらないな。難破船荒しどもが根城にしていたんなら、食用植物の一つや二つ、生えててもよさそうなもんだが』
『世話する人間がいなくなって、枯れちゃったんじゃないですか? 主様』
『それはあるかもしれんな。……まぁ、何か植えるのは構わんが、今食べた果実は熱帯産……もう少し暑い場所に育つ種類だから、ここでは育たんぞ。植えるなら在来種の何かにすべきだな』
ココ→ココナツ、マスタンガ→マンゴスチン、シェリム→チェリモヤ、パピア→パパイア をイメージしています。




