第二百十三章 名も知らぬ遠き土地より流れ着く……@船喰み島 1.漂着物
このところ立て続けに生じたテオドラム絡みの案件に加え、なぜかモルファンまで妙な動きを見せた事で、心情的に色々と疲れさせられたクロウ。どこかでリフレッシュを図りたいと思っていた矢先に――
『……船の積荷らしいものが流れ着いた?』
『うん。船喰み島に遊びに行ってた精霊からの連絡』
すっかり精霊たちのリゾート地となっている船喰み島。そこに遊びに行っていた精霊たちが、海岸に漂着したものを発見したらしい――という、面白そうな話を持ち込んだのがシャノアである。
どのみち船喰み島のダンジョンも――前回の反省から監視網を充実させるべく、手始めにハイファの分体に常駐してもらってはいるが――今少し手を入れる必要がある。そのついでに少し休んでいくのも好いかもしれぬ。面白そうな漂着物があるというなら猶更だ。
『ふむ……休養がてら見に行くか』
――という具合に、何かに魅入られ操られたかの如く、クロウという名うての狂言回しが舞台に上がった事で、運命の歯車が再び――あらぬ方向へ――回り出したのであった。
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『ふぅん……これが流れ着いたという木箱か?』
『宝箱……って感じじゃ、ありませんね、マスター』
ここ船喰み島では立て続けにお宝が見つかっているだけに、ひょっとして今度も――という淡い期待を抱いていたらしいキーン。残念そうな口調であるが、
『そもそもぉ、宝箱が流れ着くってぇ、どぅいぅ状況なのぉ?』
『……至極尤もな疑問だな。見ればそんなに古びてもいないし……宝箱でないにしても、何で海に漂っていた?』
クロウの脳裏に去来したのは、危険物や産廃の不法投棄である。その可能性がある以上、迂闊に手を出す訳にはいかない。ここは一つダンジョンマジックで……と、考えていたところに、
『クロウ、この中身って、実とか種とかみたいよ?』
『……実? 種?』
何でそんな事が判るのか――とか、何でそんなものが流れ着いた――とか、顔に疑問を浮かべてシャノアの方を見遣ると、その傍らに怖ず怖ずとした感じの妖精が一人。話の流れからすると――
『……その子は木精霊か何かか?』
『うん、何となくだけど判るんだって。危ないものとかじゃないみたい』
『それが判るのはありがたいが……何でそんなものが流れ着いたんだ?』
『さぁ……そこまではあたしにも』
――と、言い合っているところへ、割って入ったのはスレイであった。
『僭越ですが……シャノア嬢、先日海が荒れたりはいたしませんでしたかな?』
『え? ……どうだろう』
シャノアは隣の精霊に訊ねていたようだが、
『うん。その後で海辺に出たら、この箱を見つけたんだって』
成る程……と、クロウには思い当たる節があった。海辺を歩いて漂着物を拾い集めるのはビーチコーミングと呼ばれ、一部で人気を博していた。そのビーチコーミングの狙い目は、海が荒れた翌日だと聞いた事がある。大波で遠くのものが運ばれて来たり、波が砂利を掻き回して、埋まっていたものが掘り出される事があるらしい。これもそういった由来のものか――と納得しかけたクロウであったが、スレイの着眼点は少し違っていた。
『ご主人様、恐らくは時化に遭った船乗りが、少しでも船を軽くしようとして積荷を捨てたのではないかと』
『あ……そういう事か……』
言われてみればそんなシーンを小説か何かで読んだ事がある。自分には関係の無い事だと思って読み流していたために、思い出すのが遅れたようだ。だが、こちらの世界では珍しい事ではないのかもしれぬ。
『……とスレイが言っているんだが、どう思う?』
『充分にあり得る事かと』
クロウが意見を訊いているのは、この時代の海事に一番詳しいであろうアンシーンであった。何しろ素体となったのがこの世界の沈没船なのだから、この手の問題には明るいはずだ。そのアンシーンの見解も、スレイの指摘を裏付けるものであった。
『なら……念のために用心はするとして、とりあえず中身を確認してみるか』
――カイトたちが勇んでワレンビークに向かっている、丁度その頃の事であった。




