第二百十二章 巡察隊はつらいよ 4.カレからワレンビーク【地図あり】
――とまぁ、こんな感じで一夜が明けて、いざワレンビークへ向かおうという時になって、
「……なぁ……今気が付いたんだが……ワレンビークって、ご主人様が通ったであろうルートからは外れてるんだよな?」
「――あ?」
「何を今更……フェントホーフェンからここまで、予定外の迂回をする羽目になったんだろうが」
「いや……だからな? 何も歩くペースに合わせてノロノロと進む必要は無いんじゃないのか?」
「「「「「あ……」」」」」
……今の今まで気付かなかったが、これは確かにカイトの言うとおりだ。クロウが通ってきたという想定のルートからは外れている以上、何も敢えてペースを落とす必要は無かった。自分たちは何を考えていたのか……
「おっし! そういう事なら先を急ごうぜ! 一刻も早く酒……じゃなくて、ワレンビークに向かって、そこで任務を全うしなくちゃな!」
「お手柄ね! カイト!」
「おぅよ! やる時きゃやる男だぜ、俺ぁ!」
「「「…………」」」
――斯くの如き一幕喜劇はあったが、ともあれ一行はワレンビークの町へと急いだのであった。
・・・・・・・・
カレからワレンビークまで馬車で七日間――もっと急ごうという一部の意見に対して、目立つのは不可だと慎重派が押さえに回った結果の数字――の行程を費やして目的地に着いた一行は、そこで腰を据えて呑む……ではなくて、調査に励む事となった。
二日ほどの「調査」の結果判明したのは――
「連中の酒の好みは単純だな。高い酒ってなぁ、要するに強い酒の事だ」
「ワインまで度数の強いものが中心でしたね」
「モルファンみたいに寒い国だと、辛口のワインは造りにくい筈なんですけど……」
「あ? そうなのか?」
「えぇ。寒いと上手く酒が醸されなくて、甘口の弱い酒になる事が多いんです」
「……そう言えば……ご主人様もそういう事を仰ってたわね……」
「あぁ、低温だと『酵母』ってやつの活動が鈍って、糖分の全てをアルコールに変えられない――んだっけか」
「カイト……あんたって本当に、酒の事だけは能く憶えてるのね……」
「おう! 言ったろ? 俺はやる時きゃやる男なんだ」
「…………」
「ま、まぁ……それでハンスさん、ここで売られているワインが辛口なのは?」
「え、えぇ……海外から運んで来たか……もしくは、ワイン農家が加温設備を用意して、醗酵を進めているんじゃないかと……」
「……そこまでするのか?」
「消費者の好みが辛口のワインだというなら、設備投資に資金を回しても、採算はとれるんじゃないかと……まぁ、これは舶来品との価格競争も絡んできますから、この場で結論は出せませんけどね」
ふむ――と考え込む一同。明日からの訊き込みでは、その辺りも探ってみるか?
「ワインもそうですけど、蒸溜酒も結構流通していましたね」
「どれもこれもいい値段が付いてたけどな」
「ついでに言うと、全部が舶来品で国産品は無ぇみてぇだぜ」
「高いのも道理よね」
「なのに、結構売れていくんですよね……」
日頃クロウから提供される蒸溜酒――原料が手軽に入る事もあってラム酒が多い――を気楽にパカパカ呑んでいる一同としては、些か神妙な顔にならざるを得ない。
「ラム酒……あるにはありましたけど……」
「とんでもねぇ値段が付いてたな」
「まぁ……原料が糖蜜だからなぁ……白砂糖を造る副産物とは言え……」
「ウチじゃこっちの方が安上がりだってのになぁ……」
「砂糖はダンジョンで造っていても、小麦までは栽培していないから……」
「経済ってほんとに複雑ですよねぇ……」
――その感想は間違っていないが、どちらかと言うと〝ダンジョンで砂糖を造っている〟事の方がおかしいのだが。
「……ビールはもっと酷い事になってましたね……」
「あぁ、噂が広がるばかりで、実際にはほとんど入荷しないんだってたな」
「運ばれて来る途中で売り切れちゃうそうですよ? お偉方でも飲んだ事があるかどうか――って話でしたから」
「寧ろ、イラストリアに近い辺境の方が入手し易いみたいですね」
「王都の連中が歯軋りしてるそうだからなぁ……」




