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第二百十二章 巡察隊はつらいよ 3.フェントホーフェンからカレ【地図あり】

 さて、当初の予定を外れて(いささ)か回り道する結果にはなったが、フェントホーフェンではクロウも満足する成果を上げる事ができた。後は当初のルートに立ち戻り、クロウが辿(たど)った事になっている「足取り」を追うだけ。

 ……そう気楽に構えていたカイトたちであったが、フェントホーフェンからノイワルデを目指すべく南下の途中、カレという村で新たな指示を受けて困惑する事になった。



挿絵(By みてみん)



「……はぁ? モルファンの酒情勢――ですか?」



 ハンクとてここまでの道中に、酒の一杯も飲まなかった訳ではない。(いわ)んや呑兵衛のカイトとバートをしてをや――であるが、しかしそれでも、モルファンの酒市場の現状を報告せよと言われて、即座に返せる程の知見を蓄えているとは思えない。あの二人がそんなとこまで気が回るものか。



『まぁ、そういう目線で見てこなかっただろうという事は俺にも解る。必ずしも調査に向いた土地を選んで通ってきた訳でもないだろうしな』

「はぁ……」

『しかし、こちらの事情が少々変わってな。モルファンの酒情勢……具体的に言うと、どんな酒が好まれているのか、実際に売れているのはどういう酒なのか、それを知る必要が出てきた』



 依然として()得要(とくよう)(りょう)な声を返すハンクに対して、クロウはイラストリアにおける状況を説明する。モルファンがイラストリアに留学の話を持ちかけた事、イラストリアはそれに先んじてパーティを企図していたらしい事、特に新奇な酒を用意できないか問い合わせてきた事、モルファンが酒に執着しているらしい事……

 うち幾つかはハンクたちも知らされていた事であったが、こうして改めて並べてみると……



「要するに、モルファンの酒の好みを知っておきたいという事ですね?」

『あぁ。貴顕富裕の連中と庶民とでは好みも違うかもしれんが、その辺りも酒屋に訊けば判るだろう。とは言え、ただ話を訊くだけというのでは酒屋もお前たちも承知できんだろうから、必要と思われる分だけ買い込んでくれ。そのための資金は追加で送る。あと、酒場での訊き込みも必要(・・)だろうから、遠慮無く飲み食いしていいぞ』



 〝必要〟という箇所にアクセントを置いたクロウの発言に、さすがにご主人様は解っていらっしゃる――と感服するハンク。カイトとバート(あのふたり)が酒屋でただ買い込むだけ(・・)などという任務を承知する訳が無い。


 事実、このクロウからの指示を聞いた一同は一気にモチベーションが高まったのであるから、クロウの指示は当を得たものであったと言える。



「いや……酒について調べろってんなら、そりゃ気合いも入ろうってもんだが……一体何を調べろって(おっしゃ)ってるんだ? ご主人様は」

「モルファンでどんな酒が好まれているのか、実際に売れているのはどういう酒か、富裕層と庶民層の違いはどうなのか……そういう事をできる限り、かつ怪しまれないように調べろとの仰せだ」

「待ってハンク。怪しまれないように――って事は……」

「あぁ。商人(まが)いに買い込むよりも、普通に酒飲みを装って……別に装う必要は無いとも思えるが……ともかく、そうやって調達あるいは調査するべしとの事だった」

「おぃおぃおぃ……」

「……てぇ事ぁ……」

「――()く聞けよ」



 そう言って敢えて言葉を切り、一同の顔を見回すハンク。仲間たちは(かた)()を呑んで話の続きを待ち構えている。



「……ご主人様は(こと)に蒸溜酒について関心がおありのようだった。それと度数の強弱や品質にもな。……これらについては実際に、ご主人様の蒸溜酒を飲んだ事のある者にしか判らんだろうから……実地で検分してよい(・・・・・・・・・)との事だった」

「そ、それってつまり……」

「飲み較べろ――という事だな」



 ――大歓声が沸き上がりそうになるところを、腕を振ってそれを制止するハンク。申し合わせたようにピタリと歓声が鎮まる。



「ただ飲み潰れろというんじゃないぞ? キチンと各銘柄毎に、値段や流通量、評判や味わいなどを記録しておく必要がある。酒場で飲む場合には、怪しまれないようにその場で記録を取るのは控え、後で(まと)める配慮も必要だな。……できるか?」



 ハンクのその質問は、酒として酒飲みコンビに向けられたものであったが、



「おぅ! 任せてくれ!」

「他の事ならともかく、酒の事なら忘れやしねぇ!」



 ――と、頼もしいのか嘆かわしいのか判断に困る答えが返ってきた。



「……そういう事なら、この後進むべき目的地も、酒の事を考えて選ぶ必要がありますね……」

「あぁ、そうなるな。だが、それについては元・()(ちょう)士官殿のご意見を参考にすればいいだろう」



 ――一同の真剣な目がハンスに集まる。



 内心で〝そんな無茶振りをされても〟――とハンスも困惑したが、明確な答えを返さなければ承知しないだろうというのは明らかである。



「……そうですね。酒の消費量は知りませんが、普通に考えて、栄えている町なら酒の消費も大きいでしょう。幸い、カレ(ここ)から東に進めばワレンビークの町があります。古くから栄えた商都ですから、酒屋も酒場も多い筈。当面の目的地には打って付けじゃないでしょうか」

「ワレンビークか……確かに、ここまでの道中にも何度か耳にした事があるな」

「おっし! んじゃ明日は、気合いを入れてそっちに向かうとしようぜ!」

「そうだな! 英気を養うためにも、今夜は早く寝なくちゃな!」

「「「「………………」」」」


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