第二百十二章 巡察隊はつらいよ 2.ユレンベルクからフェントホーフェン【地図あり】
「モルファンの状勢を探る……ですか」
『あぁ。……どうも能く解らんのだが……モルファンのやつら、サルベージ品の出所を埋蔵金か何かじゃないかと疑ってるようでな。その候補地として「船喰み島」と……あろう事か「|赤い崖《ロトクリフ」に目を付けたらしい』
「それは……また……」
選りにも選って、ハンクやカイトたち――正確にはハンス――が目的地として目を付けている「ロトクリフ」に、モルファンが密偵を送っている可能性があるという。甚だ好ましからざる事態である。
『そんな訳だから、そのまま直にロトクリフを目指すのは止した方が良い。それより、幸いにしてモルファンの国内にいる訳だから、少しモルファンの状勢を調べてもらえんかと思ってな。モルファンのやつらが何を考えているのか、その手がかりくらいは掴んでおかんと、この先面倒な事になりそうな気がする』
「解りました」
クロウの懸念は充分ありそうな事のように思えた――実際そのとおりになった――し、自分たちが都合の好い場所にいるのも事実である。目的地に着くのが多少は遅れるだろうが、それは仕方のない事だと諦めるしか無い。ハンクたち――ハンス含む――は粛々と予定の変更を受け容れたのだが……
「……モルファンの状勢を探るって事に異存は無ぇんだが……」
「問題は、この後どこをどう廻るか――よね」
「あぁ。当初の予定どおり直接ノイワルデを目指すのは、今となっては中止した方が良いだろう。モルファンのやつらがロトクリフから引き上げるまでの時間を稼ぐというだけじゃなく、モルファン一国の状勢を探るとなると、ノイワルデの町は少し辺境に過ぎる」
「交通の要衝としてはそれなりに重要な町なんですけど……逆に言えばそれだけなんですよね。モルファンの中心地からは距離もありますし」
「んじゃ、どうすんだ?」
「ここユレンベルクから街道を北北東に進めば、丁度フェントホーフェンの町があります。あそこは古くから栄えた商都ですから、それなりに中央の情報も入ってくるのでは?」
「ふむ……フェントホーフェンに立ち寄って少し状勢を探った後、再び南下すればノイワルデだ。少々遠廻りにはなるが、ご主人様が通ったという仮想ルートに戻る事ができる」
「んじゃ、そういう方針でいくとするか」
斯くしてカイトたち一行は、ユレンベルクで一日を情報収集に費やした後で針路を北北東に転じ、ゆるゆるとモルファンの商都フェントホーフェンを目指したのであった。
イラストリアの物品管理担当者がエルギンの町を訪れ、そこでサルベージ品の食器を見せられて驚倒したのと同じ日の事であった。
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ユレンベルク出発からのんびり進む事十五日後、カイトたち一行はモルファンの商都フェントホーフェンに到着していた。丁度モルファンの使節が帰路にエルギンに立ち寄って、ホルベック卿夫人の友禅染に度肝を抜かれたのと同じ日である。
一行はここで三日ほどかけてモルファン国内の情勢をそれとなく探る事にした。ただし、モルファンに入ってからは情報屋への接触は控えている。諜報に抜かり無いモルファンの国内で不用意な真似をすると、こちらの動きがモルファン上層部に筒抜けになる危険性を懸念しての事である。
そうして得られた情報を、ここまでの道中に見聞きした知見と併せて討議したところ、まず最初に判明したのは、
「思っていたよりも広く、古酒や幻の革の事が知られているわね」
「あた。ただし広まってんなぁ噂話だけ。現物の方はとんと入って来てねぇらしい。ちょいとおかしな話じゃあるんだが……モルファンの情報網は侮れねぇって事か?」
「イラストリアで現物が御目見得してから、結構な日数が経っている。その事も考えねばならんだろうが――な」
モルファンの諜報能力を云々する事まではできないが、これはこれで一つの情報には違い無い。
そして――街中での訊き込みからは、それ以外にも明らかになった事があった。
「……思ってたより、イラストリアに対するやっかみとかは少ねぇようだな」
「あぁ。マナステラ辺りじゃやっかみの声が聞こえるって話だが」
「どちらかと言うと、商人たちやお偉方の手抜かりを責める声が多かったですよね」
少し説明を補足しておくと……元々大国モルファンには、イラストリアに対して含むところは一切無かった。と言うか、関心自体がそこまで高くはなかったのだ。自分たちとは異なるイラストリアの森林文化に対して興味を抱く者もいたが、それとて通り一遍のものでしかなかったのである。
大抵のものは自国内で自給でき、そうでないものも海外交易によって入手できていた大国モルファンにとって、イラストリアはそこまで旨味のある通商相手ではなかったとも言える。
尤も、これについてはイラストリア側も事情は同じであった。モルファンは有力な航海国家ではあるが、舶来品の入手だけならイスラファンを経由した方が手っ取り早い。敢えてモルファンを経由する利点は少なかったのである。
ゆえに、イラストリアとモルファンの商業的な繋がりは薄く、それでも双方何の不都合も感じていなかったのである……これまでは。
事情が一変したのは、イラストリア国内のノンヒュームが商活動を活溌化させてから……と言うか、クロウが事態を引っ掻き廻してからである。
これまでモルファンは、その広大な領地にものを言わせて、大抵のものは自国内で供給できていたし、そうでないものは海外との交易によって入手できていた。
ところが……ここへきてそのどちらでも入手できないものが現れたのである。
言うまでも無く、ビールや砂糖菓子から始まって、果ては古酒やら幻の革やらといった、ノンヒューム産のアレコレである。
入手を切望する者はモルファン国内にも少なくなかったが、現状でそれらを供給できるのはノンヒュームだけ。そして――大国モルファンのほぼ唯一の泣きどころが、国内にノンヒュームがほとんどいないという事なのであった。ノンヒュームとの伝手を持たないモルファンは、この件ではマナステラやイスラファンよりも後手に廻らざるを得ず、さながら流行に取り残されたかのような境遇に陥っていたのである。




