第二百十二章 巡察隊はつらいよ 1.ズーゲンハウンからユレンベルク【地図あり】
大国モルファンの突発的な行動が関係各方面に予想外の混乱を引き起こした経緯については既に述べたが、今この場にもその影響を被って翻弄される者がいた。誰あろう、クロウから諸国巡察の任を受けたカイトたちである。
イスラファン北部の港町シュライフェンでサルベージについての噂話を聞き込んだ後、カイトたちは順調に北上を続け、十日目にはモルファンの港町ズーゲンハウンに到着していた。クロウがこの大陸にやって来た際に上陸したという設定の港町であるから、ここで彼らは少々腰を据えて、念入りな調査を行なった。時期的には丁度、ニールたちがノックスの墓所を発見したのと同じ頃である。
二日後にズーゲンハウンを出立しようとしたカイトたちであったが、ここで以後の移動ペースが問題になった。
「なぁ……俺たちはご主人様が移動した際に見聞きしたであろう現地の状況を、代わって調べるのが目的なんだよな?」
いきなり妙な事を言い出した斥候役に、一同不審の視線を浴びせる。何で今更そんな事を言い出すのだ?
「いやな……そうだとすると、俺たちもご主人様と同じペースで移動すべきじゃねぇかと思ったんだが……」
「あ……」
「ご主人様がどうやって移動されたのか……伺ってないわね……」
「まぁ、実際にはこの地を訪れてはいらっしゃらない訳だから……」
「歩いてエッジ村まで来られたんじゃねぇのか?」
「いや……所々で乗合馬車をお使いになった……そういう話をどこかでされたかもしれん」
これは自分たちだけで決めるべき事ではないだろうという話になり、クロウに連絡を取ったところ、
「〝全て任せる〟って言われてもなぁ……」
「まぁ、馬車を使ったという話はされなかったそうだから……」
「けどよ、俺たちまで歩いて行くってのか? この結構な馬車を捨てて?」
「そういう訳にもいかんだろう。目的はともかく、今の我々はハンス若旦那の護衛って事になってるんだ。それに相応しい行動をとる必要がある」
「ややこしいな……」
一同知恵を絞った挙げ句、もの好きなハンスがあちこちで馬車を停めて訊き込みや観察を行なうため、徒歩並みのスピードでしか進めない――という事にするしかないのではないかと決着した。調査の機会を与えられたハンスが喜んだのは言うまでも無い。
兎にも角にもそうやってゆるゆると街道を東へ進み、ユレンベルクの町に到着したのが十一日後。奇しくもイラストリアの密偵であるダールとクルシャンクがインシャラに着いたのと、丁度同じ日の事であった。
予定ではこの後街道を東に進み、ノイワルデの町を経てノーランドの手前で山へ入り、そこからは一路エッジ村を目指すか、それとも――ハンスの念願である――ロトクリフへ立ち寄るか、クロウの判断を仰ごうという手筈であったのだが……
「――は? モルファンの連中が?」
『あぁ。何を考えているのか判らんが、モルファンの密偵らしき連中が船喰み島へ乗り込んで来た。話を聴くに、どうもモルファンはサルベージ品の出所を気にしているらしい』
魔導通信機を介してクロウからもたらされた情報は、チームリーダーであるハンクの予想を超えたものであった。
「ははぁ……」
『それだけならまだしも、やつら、ベジン村にまで探索の手を伸ばしているようでな』
「は? ……待って下さい。ベジン村というのは確か……」
『あぁ。「朽ち果て小屋」の精霊門を開いた場所だ』
成る程、これは一大事だ。モルファンのやつらがどうやってか、精霊門の所在を正確に特定しているとすると……
『あ、いや。それなんだが……どうも精霊門が直に見つかった訳じゃないらしい』
「はぁ?」
『何でも、ベジン村で悪霊騒ぎが持ち上がったようでな』
「……は?」
我ながら間の抜けた反応だと思いながら、それでも間の抜けた合いの手を返す事しかできないハンク。一体何が起こっている?
『いや……多分だが、夜に精霊が飛び回っているのが目撃されたんだろうな。見える者にとっては、火の玉が飛び交っているように見えただろうから』
クロウの説明で謎は解けたものの、そこから続けられた言葉は、ある意味で予想外、ある意味で納得させられるものであった。




