第二百十一章 需要vs供給 4.造り手側の都合(その2)
廃糖蜜からラムができる事を知っているクロウ一味はともかく、ホルンにとっては衝撃の情報であったらしい。
何しろ、クロウはこれまでに莫大な量の砂糖をノンヒュームたちに供給している。糖蜜も一部は提供しているのだが、クロウが糖蜜からラムを造っているため、糖蜜としてノンヒュームたちに供給できる量は限られていた。そのせいで何となく、糖蜜は稀少品のように思われていたのだが……品不足の理由が、まさか酒の原料として消費されていたせいだとは……
しかし――とホルンは考える。クロウが砂糖を供給しているとは言え、多くのノンヒュームにとっては未だ甘味は貴重品だ。ゆえに、酒の原料に回すなどという発想が出て来る訳が無かった。
しかし、醸造の原料として糖蜜を提供した場合、はたしてどれだけの量が――女子供のつまみ食いを掻い潜って――無事、その任を全うできるのやら……
それを考えると、クロウが今までこの件を口に出さなかったのも、宜なるかなという気がしてくる。寧ろ慧眼と言ってよいだろう。
「全部というのはさすがに無理だが、その一部をドランに提供した場合、それを醗酵、できれば蒸溜にまで持っていく事は可能か?」
『……確認してみないと判りませんが、恐らく可能ではないかと』
無論、〝確認〟すべきなのは醸造と蒸溜の能力だけでなく、つまみ食いの禁止と統制が可能かどうかという点もであるが……その事を口に出さないだけの分別はホルンにもあった。
「ふむ……実はな、廃糖蜜には少し独特の癖があってな。そのまま醗酵させた場合、その癖が残るんだ。それはそれで面白いんだが、万人受けするかどうかというと、少しばかり微妙な部分がある」
『はぁ……』
「しかし、それを更に蒸溜した場合、全く癖の無い……というか、はっきり言うと美味くも何ともないアルコール……酒精ができる。このままでは無論飲用に堪えんのだが、適当な果実を砂糖と一緒に暫くこれに漬け込んでやると、果実の風味と砂糖の甘味をそのまま酒精に移す事ができる」
『何と……』
――そう、クロウが教えたのは果実酒であった。
果実酒の材料と言えばホワイトリカーであるが、実はホワイトリカーの原料は大抵が廃糖蜜である。日本の酒税法では甲類焼酎として扱われるが、一般の焼酎とは違って無味無臭であるため、そのまま飲むには適しない。
しかしその一方で、果実の風味を損ねる事が無いため、何かを漬け込んで果実酒にする場合には却って重宝される。
問題は……ホワイトリカーの製造には単式蒸留ではなく連続蒸溜が使われている事だが……クロウにはクロウなりの目算があった。
抑、地球世界で連続式蒸溜機が用いられているのは、主に経済的なメリットを考慮しての結果である。連続蒸溜自体は――その名のとおり――単式蒸溜を連続的に行なう事に他ならない。ゆえに単式蒸溜の繰り返しでホワイトリカーを得る事も、技術的には不可能でない筈。
問題は、そうまでして得たホワイトリカーが、度数こそ強いもののほぼ無味無臭で、酒としては甚だ面白味の無いものである事だろう。しかし、果実酒という利用を考えた場合、その味気無さは一気に利点と変わる。
ゆえに、単式蒸溜を繰り返すという労苦も報われるのではないかと考えていた。
そして――もう一つクロウが考えているのは、錬金術の利用である。
この世界の錬金術では、イメージの元になった「酒精」がメチルアルコールであったせいか、飲用可能なエチルアルコールではなく有毒なメチルアルコールができてしまい、そのせいで度数の高い酒を得る事に失敗している。その辺りの事情はクロウも耳にしている。
しかし、単式蒸留で得た蒸溜酒から雑味を取り除くような方向で指導すれば、上手くすればホワイトリカーを得る事も可能なのではないか? それが可能となれば、ドランの酒造能力は一気に次のステップに進む事ができる。
駄目なら駄目で単式蒸溜を頑張るか、はたまた連続蒸溜機を造るという英断に乗り出すか、最悪はクロウが蒸溜――もしくは、魔改造されたクロウの錬金術による濃縮――をすれば済む事だ。
ついでに言うと、クロウは果実酒だけでなく、ジンの作製まで視野に入れていた。まぁこれは、ジュニパーベリーの代用品が手に入れば――という条件付きではあったが。
『早速ドランと協議してみます』
「あぁ、宜しく頼む」
――という具合にこの件は落着したのであったが……
(……どうもモルファンという国が何を考えているのか判らん。……確かカイトたちがモルファンに入っている筈だったな。少し調べてもらうとするか……)




