第二百十一章 需要vs供給 3.造り手側の都合(その1)
エルギン駐在のイラストリア王国連絡員から、単刀直入に〝新奇な酒〟の有無について――王国側の事情をすっかり明かした上で――訊ねられた連絡会議は、〝ここにいる者では詳しい事情が判らないため、担当部署に問い合わせる〟――と逃げを打った。そして、これら一切の事情がドランとクロウに伝えられたのであったが……
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「……事情は解ったが……イラストリアとしては、いつまでに〝新奇な酒〟を欲しいと言ってるんだ?」
『今後の交渉次第だそうですが……早ければ年内、遅くとも雪解け早々には留学生がやって来るそうなので、それに合わせて――との事でした』
「雪解け後ならともかく、年内か……」
『はぁ……イラストリアの見立てでも、年内は難しいのはモルファンも承知していて、何かの間違いで実現したら万々歳……といったところらしいですが』
「ふむ……」
魔導通信機でクロウと話しているのはホルンであるが、今回の件では連絡会議も相当に頭を抱えたらしい。
確かにドランの村で蒸溜酒の試作を行なっているのは事実だし、それを――不覚にも――イラストリアとモルファンに知られたのも事実であるが、まさかこんな無理難題が舞い込んでこようとは思わなかった。しかも、イラストリアとモルファンがノンヒュームの技術だと信じている〝新奇な酒〟こと蒸溜酒は、実際にはクロウの技術供与によるものなのである。
「……事情を説明されても、何がどうなっているのか能く判らん部分もあるが……とりあえず、ここはイラストリアに協力しておくか」
その判断には連絡会議も異を挟むつもりは無いが、問題なのは技術的な部分である。
「しかし、早くて年内という話になると……ドランの連中が試作している蒸溜酒は間に合わんか?」
既にドランの杜氏たちには、蒸溜酒と湖底熟成についての情報を与えている。冷蔵庫の技術開発を促すための餌だった訳だが……案の定というか、発奮した彼らの奮闘あってどうやら形が見えてきたので、蒸溜酒の試作にはゴーサインが出ている。
とは言っても、湖底熟成の情報を提供したのは今年の五月、蒸溜器はクロウが提供した――異国人であるクロウがどこからこんな代物を調達したのかという点には、最早誰も突っ込まなかった――ものの、それから試験的な蒸溜を行ない、湖底熟成の試験に移って……となると、年内での回収は些か心許無い。
『ドランの連中もそれを気にしているようです。湖底での貯蔵によって熟成が進むと言っても、抑熟成した蒸溜酒というものを飲んだ事のある者がいない訳で……どういう味わいになるか予想が付かないそうですから』
「ふむ……」
『一応ビールに関しては、ライ麦を使うなどして工夫したものがあるので、それを〝新奇な酒〟と言い抜ける事もできるようですが……』
「ここでイラストリアやモルファンを失望させるのも、害はあっても利は無いだろう」
『……精霊使い様には、何かお考えが……?』
「無い訳でもないが、その前に確認しておきたい。ドランの村では醸造原料は確保できているのか?」
『あ、いえ……実はそれも懸案事項でして……ビール用の小麦とライ麦の手配は済ませたそうですが、その一部を蒸溜酒に回すとなると、ビールの生産に支障が出るのではないかと懸念しているようです。……何しろビールに関して言えば、どれだけ造っても足らない事態が続いていますので』
その状況で、新たな酒の醸造試験などできるのか――というのが、ドランの杜氏たちの本音らしい。
「やはりか……実はなホルン、砂糖を造った時の余りとして糖蜜が出るんだが……それは酒の原料に転用する事も可能だ」
――通信機の向こうで息を呑む気配がした。




