第二百十一章 需要vs供給 2.モルファンの策動 あるいは 飲み手側の思惑(その2
聞き逃せぬとばかりにジットリとした視線を向けてくるローバー将軍であったが、
「生憎じゃがイシャライア、儂とてお主と大差無いぞ? 知っておるのは、〝ノンヒュームが何やら新しき酒を工夫しておるが、まだ完成には至っておらぬらしい〟――という程度じゃからな」
「モルファンとしても、もう少し詳しい情報が欲しい……という事なんでしょうね」
「ノンヒュームの連中を問い詰めて吐かせますかぃ?」
「彼らとは友誼を結ぶと決めたばかりじゃろうが」
「んじゃ、どうするってんで?」
将軍の無遠慮な物言いに鼻白んだ宰相であったが、言っている事は正論である。まさにどうするべきかが問題なのだが……
「ノンヒュームたちに事情をあるがままに話して、協力を求めるしかあるまい。どうせノンヒュームたちには、某国の国賓を迎えるに当たって云々というところまでは明かしてある筈だ」
やや疲れたような声で断を下したのは国王であった。
「……そうですね。無理強いをするのではなく、できるかどうかだけを確かめるなら、ノンヒュームたちの機嫌を損ねる事は無いでしょう……多分」
一応の方針が決まった事で、少しホッとしたような雰囲気が醸されるが、そんな気の緩みを許さないのがウォーレン卿という人物である。
「それはそれとして、気になるのはモルファンの思惑ですね」
――緩みかけた雰囲気が一気に引き締まった。
「モルファンか……」
「ウォーレン卿としては、具体的にどこが気になるのかの?」
「第一は、モルファンが手早くも〝新奇な酒〟を探り出した、その諜報能力ですね」
「それについては判っておる。彼の連絡員殿があっさりと明かしてくれたのでな。……何でも、ドワーフたちが声高に喋っているのを偶々耳にしたそうじゃ」
宰相の――身も蓋も無い――種明かしに、軍人二人は微妙な表情である。
「ドワーフですか……」
「やつらぁ地声がデケぇからな……」
「ま、一応は彼らも気にしておったようで、相方が慌てて窘めたそうじゃ。……大声での」
「そりゃまた……」
「却って注意を惹きそうですね」
「実際そうであったそうじゃの……連絡員殿の言に拠れば」
あまりに情けない種明かしに一同揃って肩を落としたが、ややあって気を取り直したようにウォーレン卿が話を続ける。
「……次に気になったのは、モルファンの連絡員氏が訊ねたという、その言い方ですね」
「言い方だぁ?」
「はい。宰相閣下のお話に拠れば、連絡員氏は〝ノンヒュームたちが造っている酒〟と指定して訊き込んだとか。という事は、モルファンが関心を抱いているのは、古酒ではないという事になります」
「む……」
「それは確かに……」
「古酒そのものに興味が無いのか、古酒の事は既に人口に膾炙しているため改めて訊く必要が無いと判断したのか、その辺りは判りかねますが」
「数が少ねぇ事を承知してて、どうせ手に入らねぇと諦めた――って事もあるかもな」
「確かに、その可能性もあり得ます」
「むぅ……とすると、これは……」
きたるべきモルファン歓迎パーティでは、〝新奇な酒〟というものが重要なファクターになる可能性に気付いた四人組。お蔭でノンヒュームの重要性と注目度が、弥増す結果になるのであった。




