第二百十一章 需要vs供給 1.モルファンの策動 あるいは 飲み手側の思惑(その1)
エルフたちが試作しているという〝新奇な酒〟。その噂が――未だ裏付けをとっていない、ただの噂でしかないにも拘わらず――貴族の一部に漏れた事で、モルファン国務会議の目論見は、早々に修正を迫られる事態となっていた。
「……いずれ漏れはすると思っていたが……」
「……こと酒が絡んだ時の、我が国民の優秀さには目を瞠るものがあるな……」
国務卿たちが嘆息するように、〝新奇な酒〟という燃料を投下された一部貴族たちは、俄然イラストリアとの友好に前向き……どころか前のめりになって国務卿たちをせっつく事になった。古今東西、胃袋を掴まれた者は弱いと云うが、この場合は胃袋でなく酒袋とでも言うべきか。
事ここに至ってはもはや是非に及ばず――と諦めた国務卿たちは、何はともあれ、まずは噂の真偽を確かめるべきだろうと動き出したのであるが……
「あまり目立つような真似をさせるのは拙かろう」
「だが、抑あの国に潜入させている諜報員は多くないぞ? 人的資産が限られた中で、秘密裡に浸透……などという真似は無理ではないか?」
「何より彼により、探るべき相手がノンヒュームというのがなぁ……」
「うむ。我が国にはノンヒュームがほとんどおらぬゆえ、手蔓の求めようが無い」
「……通常の手段で情報を得るのは無理か?」
「だが、何も情報無しでは済まされんぞ? 国民が情報の開示を求めてきたらどうする?」
「うむ……」
思案投げ首の一同であったが、
「……我らに伝手が無い以上、伝手を持つ者の力を借りるしかあるまい」
「……イラストリアか? あの国に依頼を?」
「いや、正式な依頼とすると、向こうとて困るかも知れぬ。ここはそれとなく、我らが〝ノンヒュームの新奇な酒〟に関心を抱いている事を知らしめる……というのはどうだ?」
「ふむ……」
「現状ではそれが最善手……と言うか、他に打てそうな手が無いな」
斯くして、王都イラストリアに残留したモルファンの連絡員に、新たな――かつ微妙な――命令が下ったのであった。
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「モルファンの間諜が酒の事を嗅ぎ廻ってる? 一体何の事で?」
「間諜ではなく、モルファンの正式な連絡員なのじゃがな」
「要は間諜って事でしょうが。で、そいつが何をやらかしたってんで?」
例によって例の如き四人組が、これも例によって国王執務室で額を寄せ集めているのは、モルファンの連絡員の――些か当惑させられる――行動が原因であった。
本国から面倒な指示を受けた連絡員は困惑したが、そこはさすがに大国モルファンの諜報要員である。どうせ本気で探る必要は無く、要はこちらの意図をそれとなく伝えればいいのだからと割り切って――
「視察の名目で学園を訪れ、エルフにそれとなく問い質したそうじゃ。ノンヒュームの杜氏たちはどのような酒を造っておるのか――と」
「……また……ど豪く直球に踏み込んだもんですな」
「本気で訊き出すつもりは無いのかもしれません。どちらかと言うと、我々に対するメッセージではないでしょうか」
「……遠回しな催促という訳か?」
「まぁ、ノンヒュームが試しておる〝新奇な酒〟と聞けば、モルファンも放っては置けぬでしょうからな」
「……宰相閣下、その……ノンヒューム謹製の新奇な酒……ってなぁ、何なんです? 儂は初耳なんですが?」




