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第二百十章 モルファンの動揺 5.酒呑みたちの驚愕

 さて――シアカスターを訪れた使節一行からの即時の連絡で、砂糖菓子ショックとでも言うべき激震が走ったモルファンであったが……その数日後、今度はイラストリアに残留した連絡員から、砂糖菓子に勝るとも劣らぬ大ショックがもたらされる事になった。

 何の事かと言えば……イラストリアがドランの村に〝新奇な酒〟の事を()(ただ)した一件、あれが連絡員の耳に入ったのである。



・・・・・・・・



「――新たな種類の酒だと!?」

「確かな話か!?」



 聞き捨てならぬとばかりに声を上げているのは、モルファンの国務卿たちである。



「落ち着け! 今の段階では、ドワーフたちがそういう噂をしていたというに過ぎん。しかも、それすらまだ未完成だという話なのだぞ」



 どうやら、地声の大きいドワーフたちがエキサイトして話していたのを、偶々(たまたま)近くにいたモルファンの連絡員が耳にしたらしい。詳しい事情は判らねど、これは急ぎ注進した方が良いと、一報に及んだという事であった。



「むぅ……イラストリアに確かめるというのは……」

「悪手だろうな、無論」



 ここでイラストリアの警戒心を刺激するような真似をするのは愚策。それは充分に解るのだが、しかし詳しい事情というのが不明なままというのも、



「生殺しのようで落ち着かんな……」

「仕方あるまい。イラストリア当局は無論、ノンヒュームたちに確かめる訳にもいかんのだからな」

「むぅ……」



 折に触れて述べてきたように、モルファンはこの大陸の北に位置する大国である。

 そして、地球世界の某国を例に挙げるまでもなく、寒い場所に住まう者たちにとって、身体を温める強い酒というのは必需品なのであった。


 ところがこの世界においては、地球とは少々異なる条件が存在していた。言うまでも無く魔法や錬金術の存在と普及がそれであり、その裏面とも言うべき「化学」の発達の遅れである。

 (そもそも)地球における化学や錬金術の発達には、酒の醸造や蒸溜が大きく寄与していたと(まこと)しやかに(ささや)かれるくらいなのだが、不幸にしてこちらの世界では、蒸溜によってメチルアルコールを造ってしまい、それを飲んでの事故が発生していたため、蒸溜酒の製造がタブー視されるという事態となっていた。

 度数の強い酒を欲した呑兵衛の一人が、既存の酒から魔力で酒精だけを抽出して濃縮するというアイデアに思い至り、勇んで実験に踏み切ったのだが……無惨な失敗に終わっただけでなく、これは怖ろしく歩留まりが悪かった。それというのも、思い描いた「酒精」のイメージがメチルアルコールであったため、酒の中のエチルアルコールを態々(わざわざ)メチルアルコールに変換して濃縮するという、地球人から見たら訳の解らない事をやらかしていたためである。これでまともな酒ができる訳が無い。


 それでも強い酒を希求して()まない呑み助たちは、海外からの輸入によってのみ、その渇望を癒やしていた。

 当然、海外の産()国も、手を尽くして蒸溜酒の製法を秘匿する挙に出る。挙げ句、海外の産酒国との間に、どこぞのスパイ小説も()くやといわんばかりの諜報合戦が繰り広げられているのであるが……



「これにノンヒュームを巻き込むなど、どこから見ても愚策でしかあるまい」

「それ以前にだ、エルフしかいないドランの村に潜入するなど、どだい無理な話だろう」

温和(おとな)しく待つしか無いというのか……」

「しかしだ、ドワーフたちが噂する〝新奇な酒〟というのが、〝強い酒〟だと決まった訳ではないのだろう?」

「――だとしてもだ。その酒もしくは酒の情報は、海外の産酒国との取引には使えるだろう。ここで騒いでそれすら入手できなくなったら、不始末どころでは済まされん」

「うむ。新奇な酒の入手に失敗したなどと知れたら、国を挙げて袋叩きにされるのがオチだ」



 ――という結論に落ち着き、モルファンとしてはこの件では自発的な動きを――少なくとも当面は――控える事になった。


 これで事態は落ち着くかと思われたのだが……いや、その経緯(いきさつ)については遠からず稿を改めて述べる事にしよう。


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