第二百十章 モルファンの動揺 3.甘党たちの驚愕(その2)
「まぁ、黒砂糖と申しましても、手前どもで扱っておりますものは、どこぞの国が売っておるような粗悪品ではございません。……宜しければ、お味見を」
――そう唆されて手に取った黒砂糖は、確かにエグ味も雑味も無く……
(これは……舶来品に勝るとも劣らぬ……いや、事によると更に上質かもしれぬ……)
そういう使節の思いを見透かしたかのように、
「黒砂糖は確かにお求めになり易い価格になっておりますが、だからと申しまして、黒砂糖が一段下だとは――少なくとも当店では――思っておりません。どちらかと言うと、風味の違いや調理への使い易さの違いだとしか……。実際に、黒砂糖を好んでお求めになられる方も多ぅございますし」
「う~む……」
クロウは当初、白砂糖と高価な砂糖漬けは富裕層に、黒砂糖や駄菓子は庶民に――と、差別化を考えていたのだが、いざ蓋を開けてみると、富裕層も普通に駄菓子を買い求め、庶民も砂糖漬けを欲しがるという有様で、事前に立てた商戦略は早々に修正を強いられていた。珍しいものに目が無い貴族たちが駄菓子に目を付けたのと、庶民層は庶民層で、砂糖漬けが日保ちするという事が購入の後押しをしたらしい。
のみならず、黒砂糖と白砂糖にもその傾向が現れていた。店員の言うとおり、ここの黒砂糖は粗悪品の安物とは認識されておらず、単に風味が違うだけだと認識されていたのである。
原料となったものがオドラント産のイノームケインの搾り汁という事も、評価を底上げした一因のようだ。何しろ二十一世紀日本の砂糖に馴染んでいるクロウの舌でも、高品質なものと感じられたくらいである。
ちなみに、シュガートレントの砂糖を供給しなかったのは、先々ノンヒュームに精糖産業を任せるつもりのクロウとしては、作物として表に出せないシュガートレントよりも、モンスター化する前の状態で提供が――現状では一応――可能であるサトウキビの方が、都合が好かったためである。
そして、この店において思わぬ形で評価を上げたものがもう一つあった。糖蜜である。
地球世界では「廃糖蜜」などと言われ、砂糖製造の副産物扱いであったのだが、この店では少々事情が違っていた。
糖蜜は確かに黒砂糖を精製して白砂糖を作った時の残り物であるが、逆に云えばそれは、黒砂糖から製造した加工品だとも言える。なら、加工の手間がかかっている分だけ、黒砂糖より高価な筈ではないか。実際にイノームケインの糖蜜は、白砂糖とはまた違った独特の風味――癖とも言うが――があり、こちらを好む客も多かったのである。
――この認識に拍車をかけたのが、糖蜜の入荷量が少ないという事実であった。
実はクロウは、糖蜜を原料に醗酵と蒸溜を行なう事で、一種のラム酒を造っていた。糖蜜はそっちにも使われるため、店に卸せる分はそれだけ少なくなっていたのである。これが一種の稀少価値を生み、店頭における糖蜜の値段が上がる原因となっていた。
ちなみに、一種独特の風味を持つシュガートレントの糖蜜は、クロウが出荷量を絞っているせいで、更に高価なものとなっていた。
そして、これら一連の事情が巡り巡ったせいで、ドランの村にラム酒の生産を委託するのが難しくなっていた。村人――特に女子供――が、醗酵させる前に糖蜜を舐め尽くす懸念が否定できなくなったためである。
些か状況説明が長くなったが……ともあれそうした次第で、モルファンの使節が自分の常識を崩される羽目になったのである。
「……こちらの事情は解ったが……あと一つ教えてほしい。噂の『ワタガシ』なるものはどこにあるのだね? 見た限りでは置いてないようだが?」
ノンヒュームの砂糖菓子の名を高からしめた伝説の「綿菓子」。今回のイラストリア行きにおいて、是が非でもそれを求めてくるようにと厳命されていた「綿菓子」。それが店内に置いてなかったのである。使節が訝しむのも当然と言えた。だが……
「……申し訳ございません。アレは当店では、二重の意味で扱っておりません」
「何と! 扱っていない!? ……いや待て……〝二重の意味〟?」
当惑する使節に店員がつらつらと述べたところによると……
「何と……砂糖菓子の全てをこの店で取り扱っている訳ではないと……」
「はい。『ダガシ』と呼ばれるタイプのものは、別店舗で扱うようになっております。……何分にも、店舗のキャパシティというものもございますので」
「あぁ……成る程、そうか」
読者のために少しばかり説明を補足しておくと……当初クロウは、駄菓子までもを商品のラインナップに加える事には否定的であった。オーバーワークでブラックな勤務状態になる事を懸念したのである。金回りに余裕のある富裕層には常設店で砂糖菓子を、懐具合が少し厳しいであろう庶民には祭りで駄菓子を――と考えていたのだ。
しかし、案に相違して駄菓子の虜になった富裕層が多かった事もあり、激化する突き上げに屈する形で、祭りの時限定ではなく常設店舗で駄菓子を販売するようになったのであるが……そのまま取扱品目を増やしたのでは、コンフィズリーショップの店員の負担が苛酷になるのは明らかであった。別店舗にするしか無かったのであるが、ここで一つの問題が提起された。




