挿 話 とある三文作家と残念な編集者
クロウの日本での生活篇です。
食事を済ませて軽くネットをチェックした後で外出着に着替える。今日は日本で人と会う約束があるので、異世界には行かない。俺だってそう毎日々々異世界に出かけているわけじゃないんだよ。
俺の名は烏丸良志、時々異世界に出かける事はあるが、ちゃんと日本で住民票を取得している日本人だ。当然、こっちの世界でやらなきゃいけないあれこれがあったりするので、苦手でも何でも時には人と会う事を避けられない。平穏な引き籠もりのためには、然るべき努力が必要なんだよ。
とは言うものの、日本で人と会うのは久しぶりだからな。身だしなみを整えて……面倒臭いが、会う前に散髪にも行かなきゃならんか。
俺は床屋では短く切ってもらう事に決めている。そうすれば次に散髪に行くまでの時間を稼げるからな。以前に――上京して大学に入った頃だ――五分刈りを頼んだら、ここの店主に、頭の形が悪いから止した方がいいと止められたんだ。はっきり言ってくれるその態度が気に入って、それ以来ずっとここに世話になっている。その時に、度々散髪に来るのが面倒だから短めにして欲しいと言ったら――考えてみれば俺もよく臆面もなく言い放ったもんだよ――長目のスポーツ刈りみたいな感じにしてくれた。その髪型が気に入って、以来ずっとそれで通している。
この日もいつもの床屋に行って、いつものように頼むと言ったら、余計なお喋りをせずに黙って頭を整えてくれた。こういうところも俺がこの店を気に入っている理由の一つだ。散髪が終わるといつものように店主に礼を言って、いつものように代金を払って店を出た。臭いが気になるので、整髪料の類は一切使わないでもらっている。久しぶりに短くなってスースーする頭に野球帽を被って――さり気なく庇で目線を遮れるからね――街を歩く。待ち合わせの場所は大手のファミリーレストランだ。打ち合わせが長引いても、コーヒーか何か追加を頼めば嫌な顔をされないしな。
そう。俺が今日会うのは仕事の打ち合わせの相手。それは……。
「あ~、黒烏先生、こっちですよ~」
ショートカットの若い女性が席から伸び上がって手を振っている。当然周囲の注目は彼女に、そしてその待ち合わせ相手の俺の方に向くわけで……俺としては非常に嬉しくない。
「草間さん。何度も言うけど、その名で呼ぶのは止めてもらえないかな?」
「え~? 何度も返しますけど、作家なんて人気商売なんですから、名前を知られる努力を怠ったらお終いですよ~」
「いや、こういう方向で名前を知られても、作品の評価に結びつかないだろ?」
「知ってもらえるにこした事はないです」
この遣り取りもいつもの事だったりする。溜息一つ吐いて、俺は不毛な会話を切り上げて打ち合わせに入る。現在ネットの投稿サイトで公開しているラノベの出版についてだ。この出版社とはそれなりに付き合いが長いので、出版に当たって公開中の作品のどこをどう書き改めるかを早い段階で打ち合わせるようにしている。
「……で、主人公の男の子なんですけどぉ……」
この時、彼女が口にした「男の子」というフレーズ、そのイントネーションに対して、彼女の正体を知る俺は不穏なものを感じ取った。
「……何か問題でも?」
「コレってぇ、編集長とも相談したんですけどぉ……」
編集長に根回し済みか……いや……。
「編集長の同意を得た修正内容って事ですか?」
「……」
答えない。やっぱり相談しただけで、同意は得てなかったな。
「……何を相談したんです?」
「……年齢をもう少し若くできません?」
「若くって……十六歳は充分若いでしょう?」
「いやいや、いまやライトファンタジーの主人公はローティーンですよ」
いや、それってアンタの好みなだけで、確たる根拠はないだろ。
「え~? うちで書いてもらっている先生方の作品だと、圧倒的にローティーンですって」
その先生方に、主人公はローティーンたるべしと、事ある毎に力説、あるいは洗脳している実態を俺が知らないとでも?
「いえ~、主人公をローティーンにした方が、年齢層の低い読者にも受けやすいですよ~」
むぅ……そういう可能性はあるか。しかし、ローティーンって言っても何歳に?
「ここはやっぱりど~んと十歳か十一歳くらいに……」
十も十一もティーンじゃねぇ!
「ティーンエイジってのは十三からでしょう。十二歳以下は論外ですよ」
「いやいや、ここは一つ思い切って……」
何を思い切れってんだよ。
「いやいや……」
「いやいや……」
不毛な交渉は、主人公の年齢を十四歳に引き下げる事で妥結した。しかし、これで草間女史との戦いが終わったわけではない。
「……で、今後登場予定のキャラに、渋いオジサマとかいます? 主人公といい感じに絡む予定の……」
ヲイ、俺の小説の主人公にナニをさせるつもりだ?
「いませんね。チョイ役にはともかく、主要キャラとしては予定はないです」
今決めた。断固として登場させない。絶対に。
「え~、だったら、同世代の男の子はいますよね~?」
「そりゃ、同年代の友人はいますから……」
あぁっ! そう言えば、同世代なんだから友人連中もみんな低年齢化させなきゃいかんのか。飲酒のシーンとか全部書き直しじゃねぇか。やってくれたな、この腐女子……。
不毛な戦いと料理の追加注文を片付けて帰宅したのは七時近かった。肉体的にはともかく、人間相手は精神的に疲れる……あの編集者が特別なのかもしれんが。
今日は早めにやすんで、明日、うちの子たちで癒されよう。
明日は新章に入ります。




