第二百九章 災厄の岩窟 6.商業ギルド
コミカライズ版「従魔とつくる異世界ダンジョン」①巻、発売中――の筈――です。宜しければお買い求め下さい。
テオドラムが「災厄の岩窟」の金について頭を悩ませている頃、同じネタに気付いて、しかもやや異なる観点から頭を悩ませている一団があった。商業ギルドである。
「テオドラムから、ダンジョン内で産出する金鉱石の品位について問い合わせがあったと聞いたが?」
「あぁ、今回集まってもらったのもその件だ」
ダンジョンからのドロップ品などは基本的に冒険者ギルドが買い取っているが、その中でも金や宝石の類は冒険者ギルドでは処分に困るため、伝手と人脈を持つ商業ギルドが取り扱いを任されている。なので、冒険者から金や宝石などに関する問い合わせを受ける事も珍しくはない。
ただ、仮にもテオドラムという一国家が、〝ダンジョン産の金鉱石〟と限定した上での質問となると、商業ギルドの関心を引くのは免れ得ない。一体何があったのか?
「テオドラムが訊いてきたという以上、ダンジョンというのは『災厄の岩窟』か『怨毒の廃坑』だろう。そして、『金』に関する前科があるのは『岩窟』の方だ」
態々「災厄の岩窟」内で金と黄鉄鉱を得させるような真似をした、そんな前科があるだけに、商業ギルドの面々も、事が「災厄の岩窟」に関わるのではないかと察していた。
「『岩窟』内で金が得られたというのか?」
「実際に採れたのであれば、我々に問い合わせる必要などあるまい?」
「然るべき量が採れそうだ、その可能性がある……という事なのだろう」
「だな。態々こちらに問い合わせるからには、何らかの根拠がある筈だ」
「うむ。そのとおりだな」
――違う。
テオドラムが本来気にしているのは「災厄の岩窟」内で採れる金ではなく、マナステラ贋金貨の地金となった金がどこから得られたのかという事だ。その候補の一つとして、「災厄の岩窟」の金鉱脈が疑われただけである。
しかし、この時の商業ギルドの面々は、そこまで迂遠な関連にまで思いが至らなかった。ダンジョン内の金について問い合わせてきた以上、ダンジョン内の金が関心の対象の筈だ……そう思い込んでいたのである。
だから――こういう誤解も生まれてくる。
「あそこで金が採れるのは周知の事実だが、そこまで大量に得られたという報告は無かった筈だ」
「だが、テオドラムが態々問い合わせてきた以上、金鉱脈の可能性を捨てる事はできん」
「確かに、それはそうなんだが……」
何か思うところのあるらしい男に、他の面々の視線が集まる。
「……何かあるのか?」
「いや……テオドラムが金鉱脈を発見したというのなら、それを態とらしく知らしめるような真似をしたのは何故か。それが気になってな」
「ふむ……」
「確かに……」
黙っていれば自分たちが勘付く事は無かった……少なくとも気付くのが遅れただろう。そこを敢えて気付かせるような真似をしたのは……
「そこに何らかの意図があると考えるべきか……」
「考えられるのは……まず、露見を気にしていられないほど、切羽詰まった事情があった」
「興味深い指摘だが……そういう気配は無かったように思うが?」
「うむ、こちらもそういう兆候は掴んでいない」
「なら次だ。この件を我々に知らしめるために、敢えて態とらしい問い合わせをしてみせた」
「ふむ……」
こちらの方が本命のような気がするが……だとしても、
「……自分たちが金鉱を得た事を喧伝したいのか?」
「あの国は贋金貨の一件からこっち、経済的な信用が落ちているからな。失地挽回を図ったのかもしれんが……」
「それにしてはお粗末ではないか?」
「うむ……確かに」
「いや……考え方としてはもう一つある」
「もう一つ?」
「あぁ。マーカスが金鉱脈を得た事をリークしているという可能性だ」
「――な!」
「た、確かに……話の筋としてはあり得るだろうが……」
「……そんな事をして何になる?」
「単なる嫌がらせかもしれんぞ? マーカスがその事を秘匿しようとしていたのを察知して――とかな」
「……ありそうな話なのが何ともな……」
複雑な面持ちで黙り込んだギルドメンバーたち。
「……否定する事ができない以上、探らせるしか無いだろう」
「そうは言っても、あからさまな動きはできんぞ?」
「解っている。慎重に動くしか無いだろう」
――斯くして、何の罪も無い気の毒なマーカスが、痛くもない腹を探られる羽目になるのであった。




