第二百九章 災厄の岩窟 5.テオドラム王城
コミックス版「従魔とつくる異世界ダンジョン」①巻、明日発売予定です。
ここはテオドラム王城の大広間。国務卿たちが――主としてクロウ絡みの案件で――頭を悩ます場所である。そして、今日もその事に変わりは無いのであった。
「……『災厄の岩窟』で採れる金鉱石の品位を調べさせていたら……とんだネタを拾い出してきたようだな」
「あぁ。例のゴーレムが運んでいたという金鉱石に、ミドの古代金貨とはな」
「災厄の岩窟」で金鉱石と古代金貨――エメン渾身の贋金貨――が得られるという事は、既に判っていた事である。なのに、なぜ今になって彼らが頭を悩ませているのか? その理由は、得られた金鉱石と古代金貨の成分組成にあった。
「……まさか、両者の成分がまるっきり異なるとはな。予想もしていなかった」
「抑、品位だけでなく不純物の成分組成まで調べようとした者は、これまでいなかったそうだからな」
ここで仕掛け人たちの裏事情を少し明かしておくと……
まず、クロウが用意した金の出所は、「ピット」地下にある金の大鉱脈である。当然そこの金鉱石は、嘗て「ピット」の鉱山で得られた金鉱石と同じ組成になっている。
ところが、この金鉱石をエメンに原料として与えるに際して、クロウは錬金術で金のみを抽出している。混じりっけ無しの純金である。エメンはこれを原料として、件の「ミド金貨」をでっち上げた訳なのだが……職人気質で凝り性の彼は、態々古代金貨の成分っぽくなるように不純物を添加する事までして、贋物とは思えないレベルの贋金貨を創り上げていた。
ところが金鉱石の方は、そこまで凝る気が無かったクロウが、単に純金の素材を適当な粒にしたものを、ダンジョン周辺の母岩に混ぜ込むようにして創っている。
片や夾雑物を態々添加して創った贋金貨、片や純金の粒を混ぜ込んで創った贋の金鉱石。組成が異なるのは当たり前であった。
そしてこの事が、テオドラム国務会議の面々にとって、困惑の種となっていたのである。
「……金貨と金鉱石の組成が違うという事は……ダンジョンマスターはミドの王国跡から金を得ているのではない……そういう事になるのか?」
「そこまで言っては言い過ぎだろう。……『災厄の岩窟』で得られる金は、ミドの王国跡に由来するものではない――ぐらいが適当ではないか」
「言ってる事に違いは無いようだが……」
「ダンジョンマスターが金を得ているのかどうか――その視点の有る無しだろうな。小さいようだが、この差は大きいぞ」
「だが、調査隊第三班の兵士は、例のゴーレムが荷車一杯の金鉱石を運ぶのを目撃している。ダンジョンマスターが金を採掘・利用しているのは疑い無い」
「つまり……『災厄の岩窟』もしくはその近郊に、然るべき埋蔵量の金鉱脈がある……そういう事になるな?」
クロウは深く考えずに金鉱石を出して運ばせただけで、テオドラムの思惑など知った事ではないのだが……皮肉な事に当のクロウの妨害行動によって、話はクロウの望まぬ方向に話を転がろうとしていた。
「いや待て。『岩窟』からミドの古代金貨が出ているのも事実なのだ。この点は無視できん」
「つまり……ダンジョンマスターは『岩窟』の金鉱脈に加えて、ミド王国の埋蔵金を自由にできるという訳か……?」
悔しそうな羨ましそうなファビク財務卿の台詞に、居並ぶ面々も声のかけようが無い。……羨ましいのは同じだし。
「『災厄の岩窟』がミドの王国跡に成立しており、ダンジョンマスターはミドの民の怨念と瘴気を用いて彼のダンジョンを生み出し、金に変じたミド国民の遺体を金鉱石として採掘している……そう思っていたのだがな」
「話の筋としては面白いが、幾ら何でもそれは無かろう。ミドの国があったのはもっと北、モルファンの辺りだと聞いたぞ?」
「そうだな。単純にあの場所に、嘗て金鉱で栄えた国だか町だかがあって、それが一瞬にして滅んだと考える方が、まだしも素直だろう」
「しかし、現にあの場所でミド金貨が掘り出されているのだぞ? 謎の古代都市を持ち出す理由があるまい」
「外貨として蓄えられていたか、抑自前の金貨を持たず、ミド金貨が流通していたのかもしれんぞ?」
「牽強付会が過ぎはせんか? 幾ら何でも」
「だが、あり得んとは言えんだろう」
議論の収拾がつかなくなりかけたところで、
「ちょっと待ってくれ。さきほど話に出た古代都市の遺跡だが……」
「あれは根拠の無い言いがかりだろう」
「言いがかりとは何だ!」
「だから待ってくれ! その古代都市があったとするとだな、亜人どもがサルベージ品だと言っている品々の出所が説明できると思わんか?」
全く別のベクトルで投げ込まれた与太噺ではあるが、信憑性とか信頼性は別として、〝古代都市〟で説明できる案件が二つになった事は事実。そうなると、馬鹿々々しいと一笑に付すのも何だかなぁという気になる。
「ロトクリフことグーテンベルグ城の例もある。起こり得ないと断じる事はできんだろう」
「……しかし……そんなものがあったと言うなら、伝説の一つぐらい遺っていそうな気もするが……」
「忘れたのか? あの『岩窟』からは一つ目の怪物の骨が出土しているのだぞ? にも拘わらず、それに関する噂は欠片も見つからなかったではないか」
――テオドラムが一眼の怪物の骨だと誤認しているのは、実は象の仲間の頭骨である。
ナウマン象やマンモスを含む象の頭骨の正面には、大きな穴が一つ存在する。人間であれば眼が存在する場所に当たるため、巨大な一眼を有する怪物かと誤解されるのだが、実はこれは鼻の穴である。象の眼は鼻よりも明らかに小さく、しかも側面に位置しているため、象を知らない人間が頭骨だけを見れば、鼻孔と眼窩を取り違えるのも無理はなかった。
ちなみにこの頭骨では、特徴的な長大な牙――いわゆる象牙――は、どうした訳か二本とも頭骨から離れていた。象のように――不自然なまでに――長大な牙を持つ生物が知られていなかった事と相俟って、件の牙は角と誤認されていたりする。
「う……確かに、そうであったな」
「あの時代の古代都市であったとしたら、言い伝えが無いのも道理か」
「……ちょっと待て。……そうだとしたら、ミドの国よりも遙かに昔の話という事にならんか? だとしたら、『岩窟』でミドの古代金貨が得られているのを、どう説明する?」
「……結局、ダンジョンマスターがミド遺跡とは別個の金脈を持っている――という話からは一歩も進まんのか……」
「追い討ちをかけるようで気が進まんが……亜人どもがサルベージ品と言って持ち出してきた中には、近代の茶器もあったそうだ。やはり古代都市でサルベージ品の全てを説明するのは難しいようだな」
「……それを先に言ってくれ……」
この少し後でクロウが、船喰み島から回収した海賊のお宝を「迷い家」のドロップ品として流し、それがために議論が大きく紛糾する事になるのだが、それはまた別の話である。
象の頭骨化石の一件は、第百二十一章第三話で述べられています。




