第二百九章 災厄の岩窟 1.テオドラムの挙動
『テオドラムのやつらが、また妙な動きを見せている?』
「災厄の岩窟」のダンジョンコアであるケルからの報告に、クロウは訝しげにかつ不満げに眉を顰めた。
『全く……あの連中は落ち着きというものを知らんのか。……で、妙というのはどういう風になんだ?』
『やはり何かを探しているようで……別働隊のようなものを組織して、あちこちに派遣しています』
『何を探しているのか、見当は付くか?』
『金、だと思います』
『金?』
『はい。別働隊の連中、金鉱石を見つけるたびに採集していますし、それ以外の鉱石には目もくれていませんから』
ケルの報告を聞いたクロウは、再び訝しげな表情を示す。ただし、今度の疑念はケルに向いているが。
『……ケル、その状況で敢えて〝何かを探している〟と言った理由は何だ?』
どう見ても〝金を探している〟としか思えんだろう――と、言外に批判するクロウであったが、
『それが……連中がしているのは〝採集〟であって、〝採掘〟ではないように思えるので……』
『何?』
詭弁めいた遣り取りに困惑するクロウであったが、事情を詳しく聞いてみると、ケルの不審も納得がいった。
『……少量のサンプルを採集するだけで、それ以上掘ろうという気配が無い――か』
『はい。その理由がとんと見当が付きません』
『ふむ……泥炭から金に方針を転換した、或いはしようとしている可能性は?』
『どうでしょうか……依然として泥炭の採掘には熱心なようですが』
『ふ~む……?』
『何より、やつらのそういう行動を引き起こした切っ掛けが何か判らないのです。これまでの記録を幾ら検討してみても、それらしき出来事が……』
『ふ~むむ……?』
困惑するクロウ主従であるが、実はこれ、第二次贋金騒ぎが招いた事態であった。
〝「災厄の岩窟」で得られた金の分析結果はどうなっている?〟
〝直ぐに確かめさせよう〟
――という会話がテオドラム城内で交わされた事を、読者は憶えておいでであろうか? そして、基本的に用心深い乍らどこか一本抜けたところのあるクロウが、余計な情報を与えまいという意図から、「岩窟」の岩石に純金の粒をゴロリと混ぜ込むという方法で「金鉱石」を創っていた事を?
国務卿からの要請によって、件の金鉱石の保管と分析に当たっていた財務局の当該部署は、諾々と分析結果を提出した。その分析結果がここで新たな火種となったのである。
〝……浅学にして知らんのだが……ダンジョン産の金というものは、こういう産出の仕方をするものなのか? 一般的な金鉱石とはかなり違っているようだし、含有量も高いようだが?〟
〝いや……直ぐに調べさせよう〟
――という遣り取りがなされ、各方面での情報を探して苦心惨憺した結果、
〝……成る程。やはりこれほど純度が高いのは、異例だというのだな?〟
〝あぁ。ダンジョン産の金鉱石の品位など調べた者がいるかのと思っていたんだが……換金用に金鉱石を持ち込まれる商業ギルドが資料を持っていた。……吐き出させるのに骨を折ったがな〟
〝品位もだが、例の夾雑物も含まれていなかったというのだな?〟
〝その点も確かめた。件の……と言うか、精錬の際に混じり込みそうな夾雑物は、ほとんど含まれていない〟
〝産出状況の異様さと言い、あれらの「金鉱石」は自然なものではなく、ダンジョンマスターの手作りなのだろう〟
〝ふむ……「災厄の岩窟」のダンジョンマスターは強か者だ。意味の無い事はせん筈だな〟
〝……つまり……?〟
〝あぁ。夾雑物を一切除去する、然るべき理由があったという事だ〟
〝贋金の件で尻尾を掴まれるのを避けた――という訳か〟
〝我らに弁解の根拠は与えぬ――という事なのであろうよ〟
〝成る程……贋金貨の地金は飽くまで我が国に由来する……そういう風に持っていきたい訳か〟
〝相変わらず小癪な真似をする〟
〝だが……実に用心深いものだ。……憎々しく思えるほどにな〟
……正鵠を射ているようで、少し違う。
クロウが金鉱石から夾雑物を抜き取った――ついでにそれ以外のあれこれも抜き取った――のは、飽くまで基本的な用心であり、贋金貨の事を見据えた策ではない。このような事態になったのは偶然である。しかし、散々クロウに煮え湯を飲まされてきたテオドラムにとっては、とてもそうだとは思えないのであった。




