第二百七章 テオドラム発各方面行き困惑便 11.再びクロウ(その3)
『可能性は……あるかも……しれません……』
『ふむ……地下の諜報通路を拡充しておいた方が良いか……スレイ、ウィン、頼めるか?』
『『お任せを』』
地下の諜報通路というのは、小動物の巣穴に偽装した、フェイカーモンスター用の通路の事である。荒れ地であるオドラントは草木を密生させるのには向かない――できなくはないが不審の念を抱かれるのは必至――ため、ハイファの【菌糸ネットワーク】を形成するのには不適当な立地である。それを補うためクロウたちは、ケイブラットやスキンクなど、オドラントにいても不自然でない眷属たちに諜報活動を委ねていた。今回はテオドラムが動き出すのに先んじて、地下の通路網を拡充して、諜報の密度を高めようと図ったのであった。そして、土魔法持ちのフェイカーモンスターたちを束ねる二名が請け負った事で、その方針が決定した訳である。
『オドラントについてはこれでいいとして……聞き込んだ中に無視できないネタがあったな』
『村人たちが、不満を持ってるって事ですよね? マスター』
『あぁ、その件だ』
以前に少し触れておいたが、トレントの可能性に怯えたテオドラム上層部が木立の伐採を強行した事で、木立の成立を喜んでいた村人たちの不満――と言うか反感――は抜き難いものとなっていた。これでイラストリア領内に侵入せずにすむと安心していたのに、何でお上はそれを邪魔するんだ? イラストリア憎しの念は解らないでもないが、その迸りをこっちに向けないでほしい。
強行伐採に当たっては、一応トレントの危険性云々の説明はあったのだが、村人たちにすれば無理なこじつけとしか思われない。どう見ても魔物などには見えないではないか。普通の木とトレントはどこが違うのだ?
元来トレントは普通の木に擬態するモンスターである上、テオドラム兵にもトレントを見た事のある者などおらず、それどころかトレントについて知悉している者すらいなかった。畢竟、その説明もしどろもどろに怪しげなものとならざるを得ず、村人たちの不信の念は弥増す事になった。
不満を抱いた一派はもう一つあった。冒険者たちである。
冒険者たちのメシの種である素材の採集は、素材となる生き物やモンスターが棲息する場所の存在が大前提である。テオドラム領内にはそんな場所が無い――シュレクの「怨毒の廃坑」? 立ち入る事のできない場所は、採集地なんかじゃありません――ため、これまで不便を託ってきた訳だが、この度木立が出現した事で、その採集場所が国内に増えるかと期待していたのである。何? 魔力が関与した疑いが濃厚? そんな場所なら一層の事、モンスターなどがやって来る事も期待できる。木立の規模が小さいから、大きく危険なモンスターは棲み着くまい。結構毛だらけ尽くしではないか。
――そう夢と希望を膨らませていたところへ、テオドラムのこの仕打ちである。不満を抱かない訳が無い……。丁度ニルからやって来たという冒険者は、そんな不平を漏らしていたという。
『事態としては面白い方向に展開したが、活動の方針は少し面倒な事になったな』
抑修道会をでっち上げた理由の一つとして、モンスターや精霊が活動しにくいテオドラム領内における諜報活動も――先々の事としてではあるが――視野に入れていた。それが難しい――少なくとも安易には動けない――とあって、クロウも些か渋い顔である。
『まぁ……どのみち当座は、テオドラム内での活動は見合わせる予定だったが……』
『国境沿いの緑化を終えた後の事ですよね? 主様』
『あぁ。モルファンに目を付けられたようだし、ベジン村での植樹は当面見合わせるしかなさそうだからな』
今後修道会はどう動くべきか。クロウたちは討議を深めていくのであった。




