第二百七章 テオドラム発各方面行き困惑便 10.再びクロウ(その2)
ちなみにクロウたちにしてみれば、態度を硬化させたのはテオドラムで、自分たちは身の安全を確保するために備えているだけだ――と、なるのだろうが。
『それにしても……テオドラムの馬鹿どもが何を考えているのか判らんというのは……やはりこうしてみると不便だな』
――クロウが嘆息するのも宜なるかなと言えた。
「精霊お断り」のテオドラムに精霊を潜入させる訳にはいかないため、現状テオドラムにおけるクロウたちの諜報拠点はシュレクとヴィンシュタットだけである。
シュレクにおける諜報戦力は怨霊が中心で、これに村人たちの噂話が加わる。シュレクのダンジョン村を訪れる者は、大っぴらにではないにせよ無視できぬ数になっており、近在の噂話ならかなり迅速詳細に入って来る。それを【菌糸ネットワーク】というユニークスキルを持つハイファが、菌糸を通して草葉の揺らぎから聴き取る訳だ。ただ、今回は現場が離れている事もあって、まだ噂話は入っていない。
ヴィンシュタットの方はと言えば、首都に堂々と拠点を構えているだけあって、重要な情報を拾い出す事も多い。ただし仮にもテオドラムの首都であるから、あまり目立つ諜報活動はできず、基本はハクとシュクが聞き込んでくるご近所の噂話が中心となる。とは言え、これが中々馬鹿にできないもので、真偽に難のあるケースも偶さかあるが、新鮮ホヤホヤのネタが得られる事も少なくない。ただ、今回はやはり距離がネックになったらしく、まだ噂としては流れていない。
『ヴィンシュタットに待機しているケイブラットとケイブバットに命じて、城内の様子を探らせますか?』
『そこまで大袈裟にする必要も無いと思うが……ケイブラットとケイブバットの身の安全もあるし、探りを入れている事を疑われても面倒だ。止めておこう』
ではどうしたものかと一同思案していたところ、
『それでは……私が……分体を……派遣……しましょうか?』
『分体を?』
『少し……時間は……かかりますが……菌糸ネットワークを……村の近くまで……伸ばせば……村人たちの……噂話を……聴き取れる……かも……しれません』
『ふむ……』
どうせ国境沿いの緑化地には、精霊門を開設する予定である。その付属設備として、地下に通路状の閉鎖型ダンジョンを造るのも予定のうちである。であるなら、それを少し前倒しするなど、ダンジョンロードたるクロウにとっては造作も無い。
確かにこれは好手だろうという事になって、早速ハイファが一働きした結果――
『……何でまたトレントと間違えたりしたんだ? 正真正銘ただの雑木だぞ?』
成る程、事情は判ったものの、今度はテオドラムの頭の中が疑わしくなってきた。一体どこからトレントなどという与太噺が飛び出て来た?
『恐らくですが……トレントの実物を見た事が無いのでは?』
『実物を見た事も無いトレントに怯えて、あんな騒ぎを引き起こしたと言うのか?』
『でもぉ、ご主人様ぁ、ぉ化けってぇ、大抵そぅいぅものじゃなぃんですかぁ?』
『……それもそうか……』
『それにテオドラムは、嘗てオドラントのトレントに痛い目を見たと聞きますからな。過敏な反応を示したのも、一理あるかと愚考致します』
『……あぁ……それもあったか……うん?』
〝オドラントのトレント〟というスレイの台詞で気が付いた。ひょっとして、テオドラムがオドラントに調査員を派遣する可能性もあるのではないか?




