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01-004 儀式

 休憩を挟みつつ、ひたすら[スキル大全]に載っている下位スキルを試す。それはレクチャーに充てられた時間から就寝前まで続く。

 それが今の真也の日課である。中々にハードだが自分のためでもあるし、不満は無かった。

 ただMP(メンタルポイント)を使い切ると気絶してしまうため、使い切らないように管理するのが手間であった。異世界物に多い、MPを使い切ると最大値が増えるなどと言う事もなく、気絶から復帰するのに数時間かかる分だけ休憩するよりも損なのだ。


「ステータスカードを作ってしまえば楽なのですけど…」


 ステータスカードとは所謂(いわゆる)身分証である。

 異世界物の定番である、自らのステータスが記載されたスマホサイズのカードの事だ。この世界(アキュエール)では、作るのにそれなりの費用がかかり、更新するにもまた費用がかかる。HP(ヒットポイント)MP(メンタルポイント)だけはリアルタイムで表示するのだが、他のステータスは更新作業をしないと最新の情報にならないのだ。


「称号に勇者の文字を刻みたいので、儀式の後に作成する方が手間も余分な費用もかからないのです」


 ついでに言うと、所属に後見国の名が刻まれるので、その勇者がどの国に属するか一目瞭然となる。勇者が所属するというのは国にとってもステータスなのだ。もっとも今回は二十二人もいるので、そこまでの付加価値はないかもしれないが。


「ステファニーは本当にいいのか、俺みたいなのが自分の国の名を背負っても?」

「シンヤ様」

「うん?」

「これからは、ふたり切りの時には私の事をリディと呼んで下さいませんか」

「へ、どうして?」

「私の隠し名はリディアーヌと言います。ステファニー・リディアーヌ・シルヴェーヌ・シェスブレンが私の本当の名前です」

「へぇ」

「隠し名は、ごく親しい身内の者だけが愛称を使って呼びます。シンヤ様にもその名で呼んで欲しいのです」

「ステファニー…」

「リディです」

「あ、う、…リディ」

「はい」

「分かったよ。もう、俺でいいかなんて聞かない」

「はい!」


 実を言えば、ごく親しい者とは直系の家族を指す。それも血の繋がった者だけだ。

 血の繋がらない者で隠し名を呼ぶのは伴侶だけである。つまり、これはステファニーからの求婚であった。




 ――――――――




 その夜、真也は寝付けずにいた。

 あれがプロポーズだとは気付いていないが、やけに熱の篭もった目で見詰められたので気が昂ぶっているのだ。


 いつもなら疲れからか、[スキル大全]を眺めているとすぐに眠気が襲い寝入ってしまうのだが、今夜は中々眠れない。一つ、また一つとスキルを習得――便宜上そう言う――していく。そこでハタと気が付いた。


「あれ、まだMP尽きてない?」


 数えれば、読み始めたところから十五ページ目だ。自分のMPは十一。とっくに気絶している筈である。


「ぼーっとしていて、時間かかってたのか?」


 途中でMPがいくつか回復していたのかもしれない。


「あ、そうか。眠れないなら気絶すればいいんだ」


 いよいよ明日は儀式の日だ。寝不足で、しかも寝坊などしたくない。自らの立場は低い。その上、リディにまで肩身の狭い思いをさせたくはない。それなら気絶して強制的に眠るのもいいだろう。実に名案と思えた。


「…………うーむ」


 名案だと思った。だと言うのに気絶しない。


「いったいどういう事だ」


 気絶すると決めてから既に二十ページ目。これっぽちも呆けてなどいない。当初の予定とは思惑が外れた。その上、新たな疑問。しかし、予定外に答えの出ない悩みに真也の脳はギブアップを宣言する。


「……ぐぅ」


 当初の予定とは違ったが、結果オーライである。




 ――――――――




 その夜、真也とは別の所で(ほぞ)を噛む者がいた。

 第三国トレブレン第一王子、ダヴィッド・ディディエール・トレブレンその人である。


「今度こそステファニーをこの手に出来ると思ったのに…」


 いつもなら、そそくさと離れていくステファニーが自分を頼ってきた。それはそうだろう。いよいよ大反乱が始まると勇者召喚が行われた。予想に反して二十二人もの勇者がやって来たが、第六国は【万能】持ち一人しか抱え込めなかった。実質ゼロと同じだ。


 その一人を何とか使えるようにしなければ、大反乱を生き延びる事が出来ないかもしれないのだ。必死にもなるだろう。それこそ、今まで嫌悪していた相手に頼ってしまうほどに。


 もっとも、そう仕向けたのはダヴィッドだ。本来、複数の勇者が召喚された際は、公平に振り分ける決まりがあった。それを、それぞれの国に合った勇者を育てる名目を盾に強引に変更したのだ。その上で、俗業の二人の勇者を治癒魔術の素質有りとして神殿へと預ける事に成功した。


 今回、それで優遇されたのは第一国と第二国、そして神殿だ。第三国から第五国までは誤差の範囲。一番割を食ったのが第六国だ。


 今回の召喚の儀には、各国の王族と勇者との見合いの意味合いもあった。常に召喚される勇者は十代半ばとされてきた。それ故に神殿を除いた国々は彼らに合わせた年頃の者を代表として送り込む。これはいつもの事だ。王族同士の婚姻は、何代も続けば近親婚になる。それを避けるためにも勇者の召喚は必要なのである。


 召喚された勇者は一夫多妻を好まない者が多いため、どの国も独身者が代表に選ばれる。そして、男子の適齢期は十代半ばから二十代前半で、女子は十代前半から半ばを指す。完全にハイティーンに的を絞った人選だ。


 ところが今回、第三国には適齢期にある独身の王族がいなかった。そこで別の思惑から、縁談からは完全に外れているダヴィッドに白羽の矢が立った。各国の代表者も三十四歳で第一王子であるダヴィッドの発言には一目置くだろうし、表だって反対もし難いと言う物。勇者召喚の儀を自国に有利なように仕切ってこいと言う訳だ。


 ダヴィッドは、その優位性を自国ではなく自分のために使った。即ち、ステファニーを手に入れるために、だ。


 ダヴィッドがステファニーを初めて見たのは五年前である。完全に一目惚れであった。その頃のダヴィッドには第一妃どころか第三妃までおり、それぞれに子供が生まれていた。何より自分の歳は三十に手が届こうとしており、ステファニーは十四という若さで、しかも第一王女だ。どうしたって正規の結婚相手にはならない。


 しかし、ダヴィッドは諦められなかった。ステファニーは聡明で美しく、少女から女性へと変化する壊れそうな美と艶を伴う色気とを同居させる奇跡のような美しさを兼ね備えていた。諦められる訳がなかった。何より、彼女が他人の物になるなど許せる筈がない。正規の手順で手に入れられないのなら、正規でない手を使うしかない。


 ダヴィッドは影から手を回し、ステファニーの縁談が纏まらないよう手を打ってきた。第六国の抱える事情を利用すれば、それは難しくはなかった。

 そして彼女が婚期を外れる頃、自分の愛人へと誘う。それだけが、ダヴィッドがステファニーを手に入れる方法だ。幸いにも、彼女の美しさは五年経っても損なわれる事が無かった。それどころか、益々磨きがかかっているほどだ。


 長い間待ってきた。敬遠する素振りを見せられた事もある。それが嫌悪へとハッキリ変わった事も自覚した。しかし、待ち続けた。そして、ついにその時が来た。

 ステファニーが自分を頼ってきたのだ。【万能】持ちの勇者に弓を教えて欲しいと、自分に媚を売ってきたのだ。あのステファニーが。


 ついに、この時が来た。


 だが、そう思ったのも束の間。彼女は【万能】持ちの勇者に付きっきりだ。そして、自分には決して見せない無垢な笑顔を勇者に向けている。そして、その眼差しにはあろう事か、艶が乗り始めているではないか。


(このままでは拙い)


 更なる手を打つ必要がある。ダヴィッドがその考えに至るのに、そう時間はかからなかった。




 ――――――――




 翌日、一同は転移の間に集められた。この部屋は、神殿の本山であるここと各国に建立された神殿を繋ぐために、転移の魔法陣が設置されている部屋である。


 今回集まった各国の王族も、この転移陣を使って来ていた。世界のどこに異変があっても、この転移陣を使って救助できる。というのが建前ではあるが、それが実行される事はまずない。何故なら、この転移陣の使用には魔石が必要になるからである。


 魔石とは魔物や魔獣から取れる魔力を含んだ石の事だ。純粋な魔力が(比率として)多く含まれ、魔法陣や魔道具などの動力源として使われるのが一般的である。


 転移陣は、遠く離れた二点を物理的に繋ぐという法外な効果のためか、魔力運用の効率が悪く、一回の起動に非常に多くの魔石を必要とするのだ。ぶっちゃければ他国を救うために転移陣を使うほど、どの国も余裕がないのだ。第六国などは、(神殿の)本山は近いからという理由で、転移陣を使わず馬車で来ているほどである。


 そして転移の間には、各国と繋がる魔法陣の他にも転移陣がある。その数、三。

 その内の一つが、今回の儀式――勇者選定の儀に使われる迷宮と繋がっていた。


「残りのふたつも同様に迷宮と繋がっているらしいのですが、過去に繋がったという記録はありません。仮に繋がったとしても、儀式に使われる迷宮と違い、神殿騎士団による掃討が行われておりませんので非常に危険です」


 と言うのが大司教の説明である。


「シンヤ様」

「リ…ステファニー」


 二人きりという約束を忘れ、隠し名で呼んでしまいそうになったが、なんとか持ちこたえた。


「うふふ、それはふたり切りの時だけですよ? 注意して下さいね」

「あ、ああ、ごめん」


 真也に注意を促しながらもステファニーは嬉しそうだ。


「シンヤ様、これをお持ち下さい」

「これは…。――っ!?」


 ステファニーにこっそりと渡された皮の小袋。その中には金貨が詰まっていた。数は、二十枚は下らないだろう。


「ダメだ。こんな物は受け取れない」


 今までの会話の中で理解していた。

 会話だけではない、彼女だけが他国に見劣りするドレスを身に纏っていた初対面の時から、第六国に余裕など無いと分かっていた。勇者召喚の儀に参加するステファニーを見送った人達が、どんな思いでこのお金を彼女に託したかを考えると、とてもではないが受け取れない。


「万が一のためです」

「それでも!」

「無事に戻って来て下さればよいのです。その時は、お返し下さい」


 ステファニーは頑なだ。拒む真也に無理矢理持たせようとする。このまま無理に拒めば全てこの場にぶちまけてしまいそうになる。


「ああ、もう、分かった。必ず全額返すからな!」

「はい。無事のお帰りをお待ちしております」


 にっこりと笑ってステファニーは真也を送り出した。




 迷宮と繋がる魔法陣は起動魔力を迷宮から受けているらしく、こちらから用意してやる必要が無いという。

 一人、また一人と魔法陣へと消えていくクラスメイトを眺めながら真也は自分の番を待つ。もうすぐ自分の番――というところで勢いよく背中を押された。


「そんなところで、ぼーっと突っ立てると邪魔なんだよ!」


 中西の声だ。こんな些細な嫌がらせをするなんて小物めと思わずにはいられない。

 迷宮の中でも何かしてくるかもしれない、要注意だ。

 そんな事を考えながらも、強く押された勢いで一歩二歩とよろけてしまう。そして、三歩目を踏み出した時、真也の視界は白く染まった。


 そう、あたかもこの世界に召喚された時のように。


「シンヤ様!?」


 自分の名を叫ぶステファニーの声が、酷く大きく感じた。







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