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01-003 レクチャー

 その後大司教より、各国へと分かれる前に全員で一つの儀式を行うとの説明が行われた。


 それは、迷宮の()()()()へ行って戻ってくるというだけの簡単なものなのだが、


「迷宮!? 危険なんじゃないですか!?」


 早速香津美が噛みついた。


「迷宮とは言っても、神殿騎士団で定期的に魔物を掃討しておりますし、出たとしてもゴブリンなどの低級な魔物しかおりませんので危険はございません」


 当然儀式の際には神殿騎士団が護衛に付くし、その儀式をしないと勇者の称号が与えられないと言うのだから避けては通れないのだ。形式的なものだが必要な過程と言う事で、香津美も渋々納得した。




 そのような理由から、二年二組の面々には一週間かけて至極簡単なレクチャーが行われる事となった。


「それでは勇者様、改めてよろしくお願いいたします」

「こちらこそよろしく」


 レクチャーは、各人の後ろ盾となった国から選りすぐりの者が講師役に選ばれ行われる。元々その予定であるから、各国は初めから講師役を連れてきているのである。


 しかし、真也の後ろ盾である第六国からは、お姫様とその世話係である侍女しかこの場に来ていなかった。何故なら第六国は農耕を主としつつも、多種多様な職の者が集まるため、誰かを選んで連れて来るなど不可能なのだ。五職以外の勇者は、まず召喚されないというのも理由である。何より、大勢を連れて来られるほど財政は豊かではない。従って、お姫様自らが手解きを行う事となった。


 お姫様のその美貌に、一部の男子から羨望と嫉妬の視線が突き刺さるが、真也はそれどころではない。

 なぜなら――


「勇者選定の儀式とは、迷宮の最奥に赴き魔獣の王と邂逅して無事に戻ってくる事です」


 お姫様から儀式の詳しい内容を聞いてしまったからだ。


「魔獣の王!?」


 そんな真也を見て、お姫様はくすくすと笑いながら説明を続けた。


「大丈夫です。魔獣と言っても穏やかな性格のものもいるのです。勇者様が赴くのは、そんな魔獣の王が支配する迷宮なのです」


 危険度は新米冒険者が挑む迷宮よりも更に低いという。神殿騎士団による定期的な魔物の掃討も、他の魔物が居ると不機嫌になるその魔獣の王を宥める意味合いが大きい。


「そうは言っても迷宮は迷宮です。万一という事がありますし、新米冒険者並みには実力を付けてから行くべきでしょう」


 それ故のレクチャーだ。


「それで、お姫様は俺に何を教えてくれるんだ?」

「………むー」


 真也の質問に、突然不機嫌になり口を閉ざすお姫様。真也は訳が分からない。


「私にはステファニー・シルヴェーヌ・シェスブレンという名前があります。自己紹介は夕べ済ませたつもりでしたが」

「それは聞いたけどさ」


 だからと言っていきなり名前呼びしていいものか。そもそも、名前が長くてどこをどう呼べばいいのか真也には判断が付かない。


「普通にステファニーと呼んで頂ければ」

「お姫様じゃダメなのか?」

「親しみが湧きません」

「あ、そう」


 それを言ったらお姫様だって自分を勇者と呼ぶではないか。真也がそう指摘すると――


「ではシンヤ様と」


 ――却って後に引けなくなったのであった。


「じゃあ……ステファニー」


 真也のこれまでの人生で、一番勇気を振り絞った瞬間である。


「はい!」


 その報酬は、ステファニーの輝くような笑顔であった。




 ――――――――




 そしてレクチャーが始まった。


「私がシンヤ様にお教えするのは水と土の魔術です」

「やった! いいね、魔術!」


 やはりファンタジーな異世界と言えばコレであろう。


「水と土。我が王家は代々このふたつの属性魔術を受け継いでいます。【万能】を持つシンヤ様なら、すぐにでも使えるようになるでしょう」

「そんな簡単にいくものか?」

「大丈夫です。習得が早いのも【万能】持ちの特性ですから」


 どんな技術でも簡単にコツを掴んでしまうからこその【万能】なのだ。




 ところで、第六国シェスブレンは肥沃で広大な大地を持つ事で有名である。


「――今のが<開墾>で、こちらが<地質改善>です。はい、とてもお上手ですよ。凄いですシンヤ様、もう覚えてしまわれたのですね!」


 それはどうやら王家自らが率先して動いた結果らしい。


「褒めて貰えるのは嬉しいんだけど、迷宮では何の役にも立たないような…」

「あっ!」


(今、気が付いたのかよ!)


「申し訳ありません。それでは、次に<岩石の矢>と<飲料水作成>をお教えしますね」

「よろしく」


(漸く、それらしいのが出てきたな)





 ちなみに、一レベルから成長しない真也のMPは十一しかない。そのためすぐに尽きてしまうのだが、反面短時間で回復するという利点もあった。


 何度も何度も休憩を挟みながらステファニーのレクチャーは進む。休憩時間も二人の会話は途切れず、話す内容は次第に横道へと逸れていった。


「――それでですね、今回のように各国の王家が集まる場というのは、実はお見合いという側面を持つのです」

「へぇ?」

「ですが他国を象徴する職、5職といいますが、それ以外の職――所謂(いわゆる)俗業しか持たない我が国と婚姻を結んでくれるような奇特な方は中々おりません。歳の合う殿方はすでに結婚し、または婚約を済ませ、気が付けば私は()き遅れとなってしまいました…」

「え!?」


 どう見ても真也と同年代。年上と言っても精々一つか二つだろう。つまり、二十歳前なのは間違いない。


(それで嫁き遅れ!?)


「私に来るのは愛人か妾の誘いだけ…」


(王家の姫を愛人!? …そう言えば、見合いと言うにはそぐわない歳のいった王族がいたが、あれはまさか…)


 自分に優しくしてくれるステファニーを愛人にしようとする者に、どうしても怒りを覚えずにはいられない。しかし今必要なのは、そんな事ではないだろうと思い直す。


「もったいない、そんなに綺麗なのに」

「え!?」

「俺達の国じゃ30代や40代で初婚なんてざらだよ、気にする事ないさ。俺が貰いたいくらいだよ」


 彼女いない歴イコール年齢の真也には精一杯の言葉であった。それでも何も言わないよりいいだろうと思っての発言である。


「し、シンヤ様……だめです、本気にしてしまいますから…」


 それが効果的だったのか、それとも単に結婚願望が強いのか、ステファニーは顔を真っ赤に染め、目を潤ませながら真也を見つめてくる。


「あ、はは…えっと、日本に帰れなかった時はお願いしたいかな」


 そのまま押せば落ちていたであろうシチュエーション。しかし、経験も無ければ自分に自信も持てない若者には酷というものだ。保険をかけつつ冗談めかしてそう答えるのが精一杯であった。


「はい! ぜひ、お願いいたします!」


 それでも満更でもない答えが返ってくる辺り、ステファニーは本気なのかもしれない。

 実際のところ、夕べのパーティーは真也達に伏せられてはいるが王家同士のお見合いと言うよりも王家に新たな血を引き入れるための王家と勇者の見合いという意味合いの方が強かった。


 先ほどまでは、嫁ぎ遅れの自分が来るよりも若い妹に任せた方が良かったかもしれないと後悔しはじめていたステファニーだ。だが、今の会話で気が変わった。


(もう少し頑張ってみてもいいのかしら)


 その視線は真也から離れようとはしない。




 ――――――――




 翌日もレクチャーは続いた。


「シンヤ様には弓がいいと思うのです」

「弓?」

「昨日は魔術をお教えしましたが、シンヤ様は魔力量(MP)が少ないので魔術に頼り切る事はできませんし、体力(HP)も同様に少ないので近接戦闘では万が一という事があります」

「ほんと、死にやすいのな、俺って奴は」

「ですので、基本は他の勇者様の影に隠れつつ、遠くから弓を撃つのがよろしいでしょう」


 ステファニーの言う事は理に適っている。魔術は切り札として取っておき、普段は弓を使えと言う事だ。


「でも、俺に教えてくれそうな人はいないぞ?」

「そう思って、ちょっとお願いしてきました」

「ちょっとって」


 それで教えて貰えるくらいなら初めから苦労はしない筈だ。そう考えた真也だが、実際には第三国の講師から休憩時間の合間に少しだけ教えに来て貰える事となった。


(あれ? 俺が思ってたほど第六国って嫌われてる訳じゃないのか?)


 そんな感想を抱いた真也だが、現実は当然だが違う。例のステファニーを愛人か妾にと誘っているのが第三国から来ている王子なのだ。ステファニーがその思惑を利用したのである。


 これまでなら嫌悪感から近付くのも嫌だった。しかし、真也という歳を気にしないと言ってくれる男性が現れた事でステファニーの心に余裕が生まれたのだ。その王子など眼中になくなったとも言える。


 更に言えば、「真也のためになる事をしたい」という心情が芽生えた事も大きい。その結果、レクチャーと言うには短かすぎるが、【万能】を持つ真也からすれば、充分な講義を得る事に成功したのである。




 ――――――――




 数日後、更にレクチャーの方向性が変わった。


「こちらが[スキル大全]になります」


 そう言ってステファニーが差し出したのは広辞苑もかくやというサイズの書籍だ。


「これが、この世界のスキルを網羅しているという本か」

「はい」


 厳密に言えば少し違う。[スキル大全]は、ある一族が生涯をかけて編纂した――いや、現在進行形で編纂している最中の大辞典である。




 この世界には、スキルの詳細を知るためのスキルや魔道具が存在しない。或いはスキルを持っている本人ならば感覚的に理解している場合もあるのだが、大部分はスキル名から推測するしかない。しかし、これこれこういう能力だと客観的に知る術はないのだ。


 この難題に挑戦した一族がいた。

 彼らは世界中を駆け巡り、あらゆるスキルを調査、実験し、その詳細を調べていった。その結果、判明した()()だけを記載し、曖昧な部分は要調査継続としたのだ。その姿勢に世界は()の一族を信頼し、[スキル大全]を世界の基準とする事を決定した。


 まだまだスキルに謎の部分は多い。しかし、[スキル大全]に記載された内容は事実である。そう認めたのだ。


 全てのスキルは網羅していない。しかし、そこに記載されている内容は事実である。それが、この世界に於ける[スキル大全]のスタンスである。




 その[スキル大全]によると、スキルには上位と下位が存在する。比較的獲得しやすいスキルを下位。獲得の難しいスキルを上位としたのだ。レアリティと言い換えてもいい。獲得のしやすさ――或いはレアリティの低さ――は、そのままスキルの効果に直結し、効果の低いスキルは獲得難易度も低い。


【万能】は下位スキルの全てを代用できる。その効果だけを見れば破格である。しかし、他のスキルを知らなければ代用しようとすら思わないのは道理であろう。


「シンヤ様には、たくさんのスキルを覚えて頂きます」


 [スキル大全]に記載されている凡そ七割が下位スキルである。それを読んで理解し、試して覚えるのが真也のこれからの仕事である。自分に出来る事を感覚で理解するのだ。


(結構しんどいぞ、これ)


 それを笑顔で告げるステファニーに、思っていたような優しいだけの女性ではないのかもしれないと思い直したのであった。







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