01-002 クラスの方針
麻雀の説明は、不要な方、読みたくない方は読み飛ばしても平気です。(たぶん)
その後も粛々とステータスの確認が行われた。
さすがに賢者や魔術戦士などというレアクラス――と言っても、この世界にクラスというステータスはなく、スキルの組み合わせの事を指している――は、そうぽんぽんとは出てこなかったが、真也のインパクトが強すぎたためか、普通に剣士や魔術師などのクラスでも、その高いステータスも相まって喜ばれていた。
(【万能】って、そんなに酷いか? …うん、よく考えたら酷いな。なんせ以後成長しないっていうんだから最悪と言えるかもしれない)
この世界は成長を阻害する【万能】というスキルを忌避している。この世界の人々は【万能】を回避するために、意識して一芸に秀でるよう努力するのだ。家業を継ぐ者などは特にそれが顕著である。
反面、継がない者は家を出て独立しなければならず、自分に合う職業を模索している内に【万能】を得てしまうケースが少なくない。特に次男は、長男の予備として強制的に家業の教育を受けるため、長男が無事に家を継いだ後に職を探して【万能】を取得してしまう事が多い。家業を(余計に)習う分、【万能】の取得率が上がってしまうのだ。
ついでに言えば、真也はステータスも酷かった。
酷いと言っても低いという訳ではない。ただ全てが平均と言うだけで、可も無く不可も無い。つまり特徴が無い。
(くくっ、実に俺らしい)
笑わずにはいられなかった。
(これは役立たずとして捨てられるパターンかな。殺されるのだけは勘弁して欲しいところだ)
偽らざる本音であった。
――――――――
この場所は神殿の本山にある召喚の間である。六大国と神殿という、この世界の七大勢力が結集して勇者召喚の儀式を行うのだが、そのための魔法陣がこの召喚の間にあるのだ。
六大国とは、かつて召喚された勇者が興した国で、それぞれが建国王である勇者の特徴を備えている。
即ち――
・第一国エンブレンは剣士の勇者を始祖とし、武に優れた者が多く集まる。
・第二国トーブレンは魔法使いの勇者を始祖とし、魔術に優れた者が集まる。
・第三国トレブレンは弓師の勇者が始祖で、狩人が集まる。
・第四国フィヤブレンは魔道具使いの勇者が興し、職人が集まる。
・第五国フェムブレンは商いに秀でた勇者が興し、商人が集まる。
・第六国シェスブレンは平和を愛した勇者が興し、上記五職以外の職に就く者が集まり、特に農耕が盛んである。
「おい、第六国。なぜそうなる」
その説明を聞いた瞬間、ついそう突っ込みたくなるだろう。しかし、理由は意外に真っ当であった。
『お腹が空くと怒りっぽくなるよね。なら、平和のためには食を充実させるべきだ』
建国王である勇者の言葉らしい。故に、その趣旨から始まった国なのだ。理に適っていると言えるのかもしれない。
閑話休題。
勢力はもう一つある。神殿だ。
神殿と一言で言っているが、神国ク・ブレンダールが正式名称である。国の人口としては一番少ないが、宗教国家であり信者が各国に大勢いるために勢力は一番大きい国である。絶対に争ってはいけない国。それが神国であった。
もっとも、この世界は常に魔物や魔獣の脅威に晒されているため、国家間の関係は良好である。神殿以外の各王家は婚姻で繋がり、完全に親戚付き合いとなっているし、事実として上記のような偏った職業編成では国として成り立たないという事情もあった。相互に支え合っているのが、この世界の実情なのだ。
――――――――
全員のステータス確認が済むと、今後の予定が告げられた。ある儀式を経た後に、それぞれが自分の特徴に合った国へと向かい、職に沿った経験を積んだ後に実戦へ出るという。餅は餅屋、という事なのだろう。
「待って下さい! みんながバラバラになるなんて聞いていません!」
そこに香津美が待ったをかけた。
「そう言われましても、大反乱までどれだけの猶予があるかも知れないのです。勇者様方のためにも早めに経験を積むのが宜しいかと愚考しますが…」
「そもそも私達にはその義務もなければ承諾した覚えもありません!」
「むぅ、困りましたな」
確かにその通りだ。まずはステータスを確認しようと言われて、そのままどさくさ紛れで話が進んだだけである。
「香津美ちゃん、香津美ちゃん」
そこに佐藤が口を挟んだ。
「佐藤君! 先生と呼びなさいといつも言っているでしょう!」
「まぁまぁ。それより、召喚されてる時点でもう手遅れだよ。ここは言うこと聞いて、事態を解決したら帰して貰えるように交渉するのが1番だと思うんだ」
「そ、そんな……」
そんな香津美と佐藤の会話を聞いていた大司教の顔が曇ったのを、真也は見逃さなかった。
大司教だけではない。この場にいた各国の若き代表達も同じような反応をしている。
「なんで今しかめっ面したんだ?」
手近にいた女性に問い質す。豪華な衣装に身を包んだ他の者達に比べて質素な――明らかに数ランク落ちる――ドレスを着ていたので声を掛けやすかったからだ。
「え!? い、いえ…あの…」
なぜか、その女性はどもった。
「んー」
香津美と佐藤の会話のポイントは二点。
一つは「彼らの言うことを聞く」で、二つ目は「問題を解決したら帰して貰う」である。
そこまで考えて気が付いた。
「俺達が帰る方法は?」
「えっ!? あの、その…」
「やっぱりそうか、無いんだな?」
「ゆ、勇者様、どうして!?」
見れば香津美と佐藤も会話が止まり、固まっていた。まさか、帰る方法がないとは思っていなかったのだろう。
「本当、なんですか?」
香津美が大司教に詰め寄る。
「…申し訳ありません」
「なんでっ! なんでそんな事が出来るんですかっ!? これじゃ誘拐より質が悪いわっ!」
喚び出しておいて「助けて下さい。でも帰れません」では確かに酷い。
「ええっ! 私達帰れないの!?」
「そんな!? お母さん、お父さん!」
それを聞いた女子から悲鳴が上がる。
「おいおい、マジか」
「しゃれにならないぞ、これは」
男子も呆然としている者が多い。
不安は、どんどん広がっていく。
「みんな、ちょっと落ち着こう!」
そんなクラスメイト達を落ち着かせたのはクラス副委員長の宇野だった。
「すいません、今まで召喚された勇者はどうなったんですか? 国を興した勇者以外で」
(なるほど、さすがに宇野は落ち着いている)
過去の勇者達がどうなったかを知るのは、判断材料としていいポイントだ。
「過去の資料には、栄誉を讃えて何不自由なく過ごして頂いたとあります。もちろん、今代の勇者様方も同じように遇させて頂く事をお約束致します」
「その資料に、元の世界に戻ったという記述は――」
「――ございません」
大司教は辛そうな表情で、その言葉を紡いだ。
(その大反乱で活躍出来そうにない俺はどうなるんだろう)
そこまで考えたところで真也は、自分は生き残れずに死にそうだと気付いて天を仰いだ。実際のところ、成長出来ない真也は死ぬ確率が非常に高い。帰れなかった場合は実に深刻な問題なのである。
――――――――
結局、その場での話し合いに決着は付かなかった。
そこで宇野から、一旦自分達だけで相談させて欲しいと申し出たところ、あっさり許可が下りた。無理矢理やらせる気がなさそうなところには好印象を持ったクラスメイト達であったが、それはともかく早速クラス会議である。
「まず前提だけど、例の大反乱を僕たちで乗り越えなければ始まらないと思う」
開始早々に宇野が発言した。それも、皆の気持ちとは真逆の提案だ。
「反対です。私は担任教師として、みんなを危険な目に遭わせる訳にはいきません」
「先生、落ち着いて下さい。まずは宇野君の意見の根拠を聞かないと」
「あ、そ、そうね。頭ごなしに反対しちゃダメよね」
「そういう訳で宇野君、続きをどうぞ」
「ありがとう、委員長」
即、反対意見を出した香津美を宥めたのはクラス委員長の長峰今日子だ。さっきまでは混乱していたのか口を開いていなかったが、今は持ち前の冷静さを取り戻している。
「まず、僕たちは元の世界、日本に帰りたい。そうですね?」
「うん」
「もちろん」
これにはみんなが頷いた。佐藤など一部が微妙な顔をしていたが、それは考えなくていいだろう。
「次に、召喚できるなら送喚もできると考えました」
「どうしてそうなるの?」
「不可逆な事だってあるじゃない」
これには反対意見が出た。
「それを言いだしたら始まらないよ。1番可能性のある物が、あの召喚魔法陣なんだ。そこに着目しただけさ」
「なるほど、それで?」
「そして、勇者召喚という儀式が凡そ300年周期で行われて来たと言う点が重要です」
「それは、どうして?」
「時間の流れが地球と同じと仮定すると、前回召喚された勇者は300年前の人物になりますよね」
「そうだね」
「300年前と比べて、今の地球――特に日本は相当文明が発達していますよね?」
「そりゃそうだな」
「なら、今の僕達なら召喚魔法陣を応用して送喚魔法陣を作ることも可能ではないのか? と言うのが僕の考えです」
「でも、そんな勝手な事を許して貰えるか? 時間だって必要になるだろう?」
「あっ、そうか!」
「そう。だからこそ、まずは彼らに協力して大反乱を乗り越える必要があるんです。研究するための時間を稼がなければならない」
「俺達にとっては、その後の研究のためにも魔法や魔法陣を勉強する必要があるって事だな」
「その通り。付け加えれば、大反乱を乗り越える手伝いをしないと僕らだって死んでしまうかもしれない」
「そうね……そうなるわね。その上で帰る方法を模索するしかないか……時間は掛かるけど…」
「じゃあ、魔法の才能のある人……宇野君とかひでみーに頑張って貰わなきゃだめなんだね」
「魔法だけじゃない、魔道具の作成能力も重要になってくると思う」
「あ、そっか」
「それだけじゃない。魔道具の研究のためには色んな魔道具を集める必要が出てくる。そうなると、流通を掌握している商人だって重要な情報源であり収入源だ」
「商人と言うことは、ハルやレイちゃんか」
「うわ~、気楽なポジだと思ってたのにぃ~、急にプレッシャーかけないでよぅ」
「わははっ、みんなが力を合わせなくちゃ帰れないってこった!」
「みんな頼もしいわ、先生も頑張るからね!」
皆が光明を見つけて盛り上がっている中、真也は一人冷めていた。なぜなら、その輪の中に入れないからだ。一レベルから成長しない彼は、ここでも役立たずであった。
「あれ~、ひとり役に立たない奴がいるなぁ? お前は別にいつ死んだっていいんだぜ」
嫌みったらしく、そう口にしたのは空手部の中西孝だ。当然、視線は真也に向いている。皆の視線も自然と彼に集中した。
久しぶりにケンカの虫が湧き上がるのを自覚する。自分でも思っていた事を他人に指摘されるのは不愉快だった。
「中西君! 冗談でもそんな事言ってはいけませんよ!」
香津美が慌てて叱るが、中西はどこ吹く風だ。
「だってよ~、本当の事じゃん。コイツ、レベル上がらないんだぜ? まず生き残れねぇよ。なぁ?」
「そうだな。それに万乗は協調性もないし、頭数に数えなくても構わないだろう」
中西に同調したのは風紀委員の新井義一だ。新井は真也と同じ中学の出身で、彼がケンカに明け暮れていた頃を知っており、一般の生徒より多くの迷惑を被ってもいたのだ。新井は中学でも風紀委員で、遅刻早退の常習犯だった彼を敵視していた。高校に入ってからは皆勤賞だというのに、未だに根に持っているのである。
「新井君まで、そんな事言わないの!」
「ちょっと男子、空気悪いよ」
「そうだよ、クラスメイトなんだし、見捨てるような事言うのはよくないよ」
香津美の後に注意したのは力石秀美。先ほど、ひでみーと呼ばれていたのが彼女だ。演劇部のせいか、一々動作が決まっており、目を引く存在だった。何をやっても自然と目立つのだ。
力石に同調したのは、調理部の栄花麗である。穏やかで優しい性格な上、可愛いので男子には隠れファンも多い。その栄花に窘められて、男子の勢いが鈍る。
「万乗君は、とにかく生き残る事を考えてね。大反乱を生き延びれば帰れるかもしれないんだからね!」
「…はい」
二年目の新人教諭だけあって香津美は熱血だ。その言葉に裏がないと分かるので、真也もつい素直に返事をしてしまう。
「それに何と言っても【万能】なんだし、俺達には出来ない事もバンなら出来る可能性がある。それが必要になるかもしれない事態になった時にバンが死んでたんじゃ、みんなだって悔やみ切れないだろ?」
これまた熱血漢の角田鋭児だ。ラグビー部とパソコン部を兼任する、よく分からない奴と言われる男である。ちなみに大司教に魔術戦士と呼ばれたのが彼だった。
――――――――
結局、多少マシになったとは言え、微妙な空気のままクラス会議は終わった。そして、大司教に大反乱を乗り越えるべく協力する事を話すと、その場の空気が弛緩したのが生徒達にも分かった。その代わり大反乱が終わった後は、送喚のための研究に全面協力する事と、万が一戻れなかった場合の支援を約束させた。彼らとしては、大反乱さえ乗り越えられればそれでいいらしく、初めからそのつもりだったと頷いた。
そして、生徒達の長所を伸ばすべく修行する先が決定する。
・第一国:接近戦主体の五名に、戦士寄りの魔術戦士を加えた六名。
・第二国:魔術師四名に、魔術師寄りの魔術剣士を加えた五名。
・第三国:弓師の二名。
・第四国:魔道具作成向きの二名。
・第五国:商人向きの二名。
・神国:治癒師向きの一名、僧兵向き一名に神聖魔術を覚える可能性のある二名を加えた四名。
第六国に行く者はいない。何故なら、農耕向きの勇者などいないからだ。
そんな中、行き先が決まらないのは真也だけであった。【万能】を持つ彼は、どの国にも受け入れられる事は無かったのだ。
香津美が「先生と一緒に行きましょう」と誘ったが、その後見人である大司教――香津美は神殿で修行する事になった――が眉根を寄せた事に気が付いたので断った。真也は自ら動いて場をかき回す必要は無いと考え、敢えて不利な状況に身を置く事を選択したのだ。
(ここは鳴かずにフカす)
今の手の内は、赤五を三つとも持っている状態だ。【万能】とは本来それほどの能力なのだ。成長の阻害という、引き替えにするものが大きすぎて忌避されてはいるが、能力その物は非常に有用なのは間違いないだろう。
だが、赤五はそれ単体では何の役にも立たない。面子を作って初めて役に立つのだ。だからと言って、安易に鳴いても手の内を晒すだけである。
(向聴数が変わらない鳴きは悪手だ)
鳴くのなら、鳴くだけの理由が必要、という訳である。
※向聴とは:アガる一手前を聴牌と言います。聴牌までに必要な手数を向聴と言います。例:聴牌の一手前を一向聴、二手前は二向聴。つまり真也は、ポンやチーをしてもアガりまでに必要な手数が変わらないなら鳴く必要がない、むしろ鳴くべきではないと言っているのです。
――――――――
真也を除いた各人の身の振り方が決まり、皆それぞれが向かう国の者と話している。クラス会議が行われている間に、広間ではパーティーの準備が行われていたのだ。
彼ら豪華な衣装に身を包んだ少年少女は各国の王族で、国を代表して勇者召喚の儀に立ち会ったのだという。見たところ、どの生徒も丁重に扱われているようだ。代表者も何故か同年代の若者が多いし、国の特性に合ったスキルを持つ者だけに話も合うのかもしれない。
各国に分かれての修行の後は、皆集まっての合同訓練などもするらしい。大反乱という多くの魔物と戦う場に赴くのだから、連携なども訓練しないといけないのだろう。
真也はパーティー会場でも誰からも注目されず、むしろ蔑んだ目で見られていた。それは各国の要人だけでなく、一部の生徒からも同様であった。
「あの、勇者様」
そんな中、第六国のお姫様が真也に話しかけてきた。例の質素な――ハッキリ言ってしまえば他国と比べて見窄らしい――ドレスを着ていた女性だ。
あの時は真也の意地の悪い質問に慌てており、反応の可愛い女性という印象が残っている。ドレス姿だから侍女ではないと分かっていたが、自己紹介された時は驚いたものだ。真也としても貧乏貴族だろうくらいに考えており、まさか王族だとは思ってもいなかったのである。
「なに?」
内心ささくれ立っていたせいで、つい素っ気ない返事をしてしまう。そんな真也の態度に怒る事もなく、お姫様は話を続けた。
「もし宜しければ、我が国にいらっしゃいませんか?」
「は? こんなお荷物の俺を?」
本気で言っているのだろうか。それとも同情なのだろうか。真也には判断が付かない。
「いいえ、お荷物などとんでもありません。我が国の産業は多岐に渡るため、勇者様のお力はとても役立ちます」
帰ってきたのは意外な言葉だった。
「それに、我が国は他国と比べても魔物の生息数が少なく、比較的安全なのです」
「ああ、それは助かるな。危険が少ないのはいい」
誰よりも死にやすい真也にとって、何よりも重要な点だ。
「それでは、来て頂けますか?」
彼の前向きな言葉に、お姫様は笑顔を見せる。
(あれ、本気で嬉しそうだ)
社交辞令とか哀れんでという訳ではなかったらしい。このお姫様は他の国の王族と違い、真也に対しても表情が豊かだった。美人なのに可愛いという印象になるのも、その辺りに理由があるのだろう。
「なら、そうだな。…うん、お邪魔でなければそうしようか」
「はい、ぜひ!」
と言う訳で、
・第六国:一名
となった。
農耕向きの勇者とは、真也の事だったようである。
――――――――
麻雀における経験則を用いた真也の狙いは当を得た。
(ここまでは上手くいった。後は……アガり切るのみ)
そう、まだ諦めるような状況ではない。
「絶対に、生き延びてやる」
真也は決意を新たにした。
麻雀の説明は、不要な方、読みたくない方、は読み飛ばしても平気です。
ただ、経験則(所謂、麻雀あるある)がネタの一つでもあるので、知っている方が楽しめるかもしれません。
もっとも、その辺りの説明はドンドン減っていきます。知らない方に失礼ですし。
知っている方は、想像しながら読むのもいいかもしれません。
ここ(後書き)にヒントくらいは書くかも知れませんけど。
※追記
レイの名前がレミになっていたのを修正。