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祖父の手記

「おい」


呼び止められる。

そこには、いい色に日焼けした、腕を組んだじいさんが居た。逆光で黒いシルエットだけが浮かび上がる。


時は夏休み。

母方の実家に遊びに行った小学生が、祖父に声をかけられて何を期待するのか。有り体に言うとこづかいである。


私は目を輝かせる。

だから。



「現金で一万円もらうか、じいじにちょっといいとこ連れていってもらうか、選べ」






やや予測の外れた問いかけに、私は首を傾げたのだった。











祖父が亡くなって五ヶ月が経とうとしている。

長期休暇を頂いた私は、この機会にと思い再び母方の実家を訪れた。祖母と顔を合わせられるのもよもやあと両手で数えられるくらいにしかないのではという思いがあったのだが、想像以上に元気で安心している。祖母は自分で育てたレタスや玉ねぎのサラダを振る舞ってくれた。冷水でよく凍めたのか、もともとが新鮮なのか、葉がしゃきりとして瑞々しい。


朝食を済ますとまだ気温が上がらぬ内に墓参りに向かった。

足を悪くしている祖母を車に乗せる。このくらい歩いていけると祖母のご機嫌を損ねてしまったようなのだが、なるほど、墓の前まで辿り着くと、線香の灰が積もっていた。一本や二本分ではない。恐らく、祖父が亡くなってから毎日とは言わずともかなりまめに足を運んでいるのだろう。けれど灰が掃除されることなく積もっているのは、きっと位置的に態勢が腰に響くのだ。

私は全体的に掃き掃除をした後、念入りに拭き掃除をした。花を差し換え水をやり、合掌して一礼する。次に訪れる時も、お線香が積もっていればいいなと思う。


帰宅すると、祖母が私にノートを差し出してきた。

祖父が入院してから、その日あったことを忘れないようにとしたためていた日記だ。


食事、70%食べる。

便、出ない。

血痰出る。


食事、残す。

便、出た。

血痰、出る。


何ページも何ページも、覚えていても覚えていなくてもどっちでも良いことが淡々と綴られていた。四日に一度の頻度で訪れる、祖母と叔父が唯一の色だった。日記から見舞いを除くと事務的にかかれた自分の体調だけになる。いかに入院生活がつまらなかったかをしらしめていた。

私はページを捲るペースを速める。

確かもう少し先に、自分達が見舞いに行った日があるはずだ。灰色から抜け出すように、ひたすらページをめくった。



6日後、娘と孫、来る。



カウントダウンで始まった自分の記述に、思わずページを捲る手を止めた。

まるであそこの電信柱まで頑張って歩こう、と自分に言い聞かせているようで辛くなった。


じいさん、そんなに嬉しかったのか。仕事が忙しくて、距離も新幹線乗って行かなきゃいけないところだったから全然見舞いに行けなかったけど、こんなに生きていてももう仕方がないと無言で投げかける日記を見ていると、もっと行ってやれば良かったと思うよ。


そういやあの一見頑固なじいさんは、実は昔からさみしがり屋だった。


あの日、私が『じぃじと一緒にいいところに連れていってもらう』を選ぶと、小さな子供では一人で行くことの出来ない展望台に連れていってくれた。アイスを買ってくれた。他にも、じいさんのとっておきの場所で釣りをしたりした。その後、『持っておけ』と私のポケットにおこづかいをねじ込んだのだ。当時は「どちらか選べ」と言ったくせに、結局どちらもくれた祖父の行動が不可解でならなかった。



ベン、デナイ。

血たん、デル。



終わりに向かうにつれ、軸線に添って書かれていた字は暴れ、一文に二行のスペースを使うようになり、手が震えて漢字を書くのが億劫になってきたのか、片仮名が目立つようになってきた。そして訃報を聞く20日前。例え機械的な毎日であったとしても欠かすことのなかったその日記は、唐突に終わりを告げた。




お見舞いにはこまめに行きましょう。

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