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酢酸オルセイン

ある日、家族の爪が皆黒く染まるという事件が起こった。


何故だか、私だけは無事だった。

畑仕事でもしたかと聞くと、うちの畑はとうの昔に近所に預けてしまったと言う。


爪は、父と妹は2本、母に至っては10本の指全てが黒く染まり切っていた。この関係性は何だろう、真相が全く見えない。


なんとなく、原因はキッチンにあるのではと思った。母が、何か焦がしたのではと思ったのだ。


今日の夕飯はハンバーグらしい。

私は、子供舌と言われても構わないくらいハンバーグが大好物である。思わず顔が綻んだ。


ただの自慢だが、うちの母のハンバーグはとても美味だ。パサパサというものをまるで知らない。特売品であった事を知らされなければ、少し奮発してミンチ肉を仕入れてきたと疑わなかっただろう。それは何も知識が無く作るのとは違う、美味しさの要点をしっかり押さえた教養があるに他ならない。混ぜ方を見れば分かる。


挽肉を捏ねるとき、手のひらを使わないのだ。

なるべく熱を伝えないよう、冷たい指先でしっかりと捏ねていく。肉に熱を与えてしまうと、粘りが先に出てしまいつながりにくくなるのだ。脂肪が溶け出してしまうのもよろしくない。結果として、ジューシーさを失ったハンバーグになってしまう。だが熱を与えることを怖れて練りを甘くしてしまうと、次は焼いた時に肉汁がハンバーグの中にとどまっていていてくれない。こうして10年以上の時を大好物の王座に君臨してやまない、不動のハンバーグが生まれるのだ。


指先だけで器用に捏ねる母に相変わらず良い手際だなと思いながら、自分が何をしに来たのかも忘れて居間に戻る。コタツに足を入れるなり妹に「今日はケーキはないのか」と聞かれた。頼むから20歳越えて指を唇に添えての物乞いはやめて欲しい。「無いよ」と言うとコタツの布団を引っ張りやがる。私を覆う布の面積が著しく減少した。酷い。


寒い……


よろよろしながらダメ人間育成セットから抜け出し、石油ストーブに近づく。妹は風通しの良くなったコタツを再び戻すと、領土の全ては我が手中にありと言わんばかりに両手を広げて寝そべり始めた。私はというとストーブの上で沸かされたお湯を使ってコーヒーを作り、カイロよろしく細々と暖をとるだけである。何故だかひもじい気分になってくる。


さっきから思っていたのだが、原因はほぼ100%、このストーブで間違いないだろう。もう結構年期も入っているし、新しいのを買ってこよう。だがしかし、これを掃除したのだろうと仮定して、はたして素手で触れるだろうか。それにあの王女様がストーブの清掃に加担したとは到底思えない。妹の染まった指は人指し指と中指だ、その二つだけでどう何を掃除したと言うのか。


コーヒーを啜る。

すると、まるて氷が溶かされるようにツーと鼻水が流れてくる感じがした。寒いときにラーメンとか食べると必ずこうなるから不思議だ。

そうして鼻を噛んだとき、驚愕した。


鼻水が、真っ黒だったのだ。


恐ろしい予感が脳を焼いた。

きっと、このストーブが焚かれる度に、目に見えない灰の粒子が舞っていたのだろう。その異物を、鼻腔が瀬戸際で受け止めてくれていたのだ。

だが、私は肺が炭に侵されてしまった予感に震えているのではない。


私は激情のまま立ち上がった。


「母さんは、両の指全てでハナクソをほじれると言うのかっ…!! 」



ご飯よーと声がして、ハンバーグの匂いが広がった。




鼻くそをほじる時は、良い子も悪い子もティッシュで指を巻いてワンクッション置いてからほじって下さい。

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