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いつの話だと言われた話

無性に、回転寿司を食べたくなった。


そんなことを思ったのは、おもむろにスーパーの寿司パックを手に取ろうとした時である。

周囲を見渡せば、もう閉店間際ということもありあちらこちらに購買意欲をそそる赤と黄色の花が咲き乱れている。私が手に取ろうとしたソレも当然のごとく30%引きタグをつけられていたのだが、それでも8貫入りで500円だったのだ。それなら100円寿司に行って10貫新鮮なものを食べたいじゃないか。


最後に行ったのはいつだっただろう。思い出せないけれど、とりあえず5年は行っていない。

時間が無いからと言い訳をつけてみたくなったのだが、ちょっと覗いてみるとどうやら最近のすし屋は23時まで営業しているらしい。この辺りでジェネレーションギャップを感じる辺り、ただ興味が無かっただけのようだ。


よし、行こう。

一人ですし屋に入るのが恥ずかしいなんて発想は無かった。

一番安い肉が100g800円なんていう高級肉屋にて、「牛脂下さい」と脂身だけタダで持って帰るようになった私に怖いものなど何もない。

そんな私が、恐怖に震えた。






21時になるというのに、店内には割と人が居た。

椅子に座って名前を呼ばれるのを待つ親子連れを横目にして、こんな時間から外食とか体に悪いぞと心の中で囁く。自分はどうなのかと問うと、4皿だけで済ませるつもりなので問題ない。高校生くらいの頃は友人連中と何皿食べれるかみたいなのを競い合っていた気がするが、美味しいものは腹八分目で抑えるから良い思い出として残るのだ。正直、過去の記憶を漁っても吐きそうになった事しか思い出せない。なるほど、これが無関心の原因か。


さて、ボードに名前を書こうと受付表を探して入り口付近をうろうろしていた私だが、どこを見渡してもそれっぽいのが見当たらない。


「お客様、こちらの機械で承ります」


と不審者を矯正して頂いた先には、小学校中学年くらいの背丈と幅を線で繋いで四角にしたくらいの塊が。取り付けられた液晶には、「テーブル」か「カウンター」を選ぶボタンと人数を打ち込む欄があり、番号札が発券されるシステムらしい。


いつの間にそんなに進んだんだ文明。

すごく管理が楽そうではないか。だけど、これで「3名でお待ちのフリーザ様~」とかが出来なくなったのかと思うと、なんだか少しさみしくなった。


酢飯の匂いが立ち込めて、胃が空腹の絶頂を訴え始めた15分後、私の番号が呼ばれる。先に発券していた団体客より早く呼ばれる辺り、やはり一人は楽だと我に返れば滑稽でしか無い優越感に煽られて立ち上がった。店員さんは私の番号札を受け取って「お寿司の取り方ご存じですか?」と聞いてくる。ちょっと鼻で笑った。


いや、寿司の取り方ぐらい分かりますから。

私サルじゃないですから、舐めてんですかねこの人。


咄嗟に率直な感想が笑顔の後ろで旋回するが、もちろん表には出さない。私は「大丈夫です」と返事をしてカウンターに座ろうとし、絶句した。


なんか、カプセル状のものがレーンの上をぐるぐるしている。


ずっと立っていても不自然なので、取り合えず座る。

そして何気無さを装うようにお茶を汲み、呼吸を止めて無数の衛星をじっと見つめる。


落ち着け、大丈夫だ…… 確かアレは「鮮度くん」とか言うヤツだ。空気中のゴミやら飛沫やらから守る、そこまでやるのか衛生管理の集大成だ。


そうか、これが異世界なのか。

小説家になろうに来て何度も異世界モノを書こうとしたけれど、彼らの衝撃はこんな比ではない筈だ。


皿も取らずにぐるぐる回り続けるカプセルを、ただひたすらにガン見する。こういう時、自分の作中のキャラ達ならどんなリアクションをするだろうかと考えてしまうのは、小説家になろうに入り浸る者の悲しき性だろう。


ぼけーっと見つめていると、同じネタが4つほど連なって流れてきた。だが一番後ろのだけ妙に鮮度くんが曇っている。どうやらまだシャリがあったかいらしい。


「……」


よし、アレを取ろう。

私は手を伸ばし、蓋を上げようとした。


「っ!?」


上がらない。

なんだこれは、まるで施錠された試食コーナーのフタを無理矢理こじ開けようとした時のようではないか。


ヤバい。


戸惑っている間にどんどん皿が流れていく。

だけど上げども上げども、ギシギシと―― 昔、兄のミニ四駆勝手に弄って大破させた寸前の、かなりトリッキーな音がする。初めて死を意識した恐ろしい事件だ…… ミニ四駆と言うのは改造次第で自分だけの個体を作れる、逆に言うと同じものを作ろうとしても作れないモーター式の車の玩具で、なろう式に例えると前話の「データ吹っ飛んじゃった」に殴る対象が居るシチュエーションだ。この後床に叩きつけられすぎて窒息死しそうになった。


私は手を離した。一度手を付けようとした皿がドナドナよろしく流れていく。やってしまったと皿を見送っていると隣の人が慌てて目を反らして、それが余計に居た堪れない気持ちにさせた。


次は失敗出来ない。流れてくる皿を見るフリをして、皆さんが皿を取るのを観察する。だが何故あんなにサラっと皿がとれるのか理解出来ない。あたかも固定されているかの如く上がらなかった蓋がいとも簡単に上がっていくのだ。


店員さんに聞くか?

いや、駄目だ…… さっき「はい」と言った手前、やっぱりどうするんですかなんて私のつまらない見栄が許さない。もうタッチパネルで頼んでしまおうか。駄目だろそれは、回転寿司の流儀に反しちゃうでしょうが。流れてくる寿司を取ってこそ回転寿司。例え直接注文した方が新鮮なネタが送られてくると分かっていても私はパネルは使わない。大丈夫、次は取れる。


心機一転、何の根拠もないのにまた蓋をこじ開けようとする。開かない。開かない。寿司が右へどんぶらこ……向かいに座る子供が物凄く行儀の悪いものを見る目で見ている。


なんだよ、言いたい事があるなら言えよ。

子供は母親の方を向き、大きく口を開いた。


「あの人お茶3杯目だよー」


今まさに茶を口に含もうとしていた矢先。

自分でも気づいていなかった事実に盛大に咳き込んだ。


前を流れる寿司は鮮度くんによって守られた。




























※鮮度くん―― 最大のウリは「フタに触れずに皿を取れる事」、皿を持ち上げれば何故か勝手にフタが上がってくれる不思議仕様だそうです。ちなみに、開発理由は、「指紋がベタベタ付くのが汚らしいから」。

ちなみに、本格インド料理屋も簡単に石化できました

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