コレジャナイ人魚姫(2)
何が起こったのか分からないサリアは、ひとまず魔法で自分の体を癒しました。人魚は精霊の一種とされ、不思議な力が使えたのです。
冷静になってきた頃、これが御姉様方が言っていた「船」である事に気づきます。しかしながら、サリアは穴を開けてしまった事については「後で素直に謝ればいい」程度にしか思っておりませんでした。
穴が空いたからと言ってどうなるというのだ。
常日頃から周りが水で満たされていた人魚姫にとって、穴の空いた所から「水が流れ込む」という概念自体が理解し難いものだったのです。
なので、サリアの関心は穴なんかよりも、こんなに巨大なものが浮かんでいる感動に上塗りされていきました。
この黒がどこまで続いているのかと好奇心半分で旋回すると、噂のキラキラとした水面が見えてきます。
あの上に、御姉様方の言っていた世界があるのだ。
そうして火照った顔を出した瞬間、あまりの空の青さに息をのみました。
はじめての大空は、想像を遥かに越えて雄大でした。
水は鏡でした。
空は手を伸ばしても何も掴めぬまま空を切ります。その気になればどこまでも上に行ける気にさせる抵抗が働く海とは違い、決して届かない天上という存在を認めると、なんとも言えぬ感情が込み上げてきました。
そんな雄大な海面の上に浮かぶ船は装飾や色使いの全てに至るまでが豪華絢爛であり、デッキにはそこだけで100名はいる人間がきらびやかな衣装を纒っております。管弦楽のワルツに合わせてふわりふわりと舞い広がるスカートは正に花で、サリアはまたしても息を飲みました。
その華逹が、突然並ぶようにして群がり始めます。
どうやら本日のゲストが出てきたようです。
その人物に、サリアは釘付けになってしまいました。
(王子様だ……)
そよそよと、荒々しい燻んだ金髪が揺れます。
鍛え上げられた肉体は今にも礼服のボタンを弾き返そうとしており、丸太のような腕の密度と言ったら、見ただけで殴られれば鼻血が噴出する程度では済まないと想像させられる、それはそれは逞しいものでした。
初めて恋を知った瞬間でした。
生まれて初めての一目惚れ。
優雅であることを美徳とする平安貴族のような男達しか知らぬサリアは、いつしか縫い付けられたようにその男性に魅入っていました。
時間も忘れて。
さきほどより船が数センチ沈んでいることにも気づかずに。