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コレジャナイ人魚姫(1)

 それは、光も綱も届かない、深い深い海の底にありました。


 綺麗なお城でした。

 琥珀で出来た窓は、自らが発光する不思議な珊瑚に照らされて、透き通った美しいオレンジ色の影を落とします。闇しかない世界で揺らめく温かな光は、ガラス細工のように透明で、繊細で、どこか縋りたくなるほどに神聖な美しさがありました。地上に生きとし生けるものなら、無性に意味もなく「僕は疲れたよパトラッツュ」などと呟いた事でしょう。


 その窓ガラスが、バリンと清々しいほどに豪快な音を立てて割れました。

 ここは海の中です。

 普通はピストルでさえも10メートル進めば止まってしまう深海。これはどういう意味なのでしょう。


 「御父様。私、たぶん上に出ても食べられたりしないです」


 「おおう…… そうだな、その通りだサリアよ……」


 人魚姫は捨て身タックルで突き破ったガラスの欠片を振り払うと、親指を立てて言いました。頭から突っ込むという極めて原始的でありながら、水の抵抗を軽減出来る体位で挑んだ結果、その笑顔は血濡れの血濡れ、大血濡れです。それが逆光になっているせいで、それはそれは大変邪悪な笑みにしか見えないのでした。御父様方の顔がひきつりました。


 「サリア、これは決まりなのだ。外の世界に触れるのは15歳になってから…… あと一年の辛抱だから、いい子にしておくれ」


 海を統べる王さまは涙目になりました。

 それもそのはず。

 いい子にさえしていれば、このサリアと呼ばれた人魚姫は、6人の娘の中でももっとも美しく可憐だったからです。


 サリアは海の王国の末妹として生まれました。

 腰まで届く銀糸の髪はすれ違うもの全てを振り向かせ、きつく思われがちな紅い瞳には、中心に向けてもう一層深いワインレッドが重なり落ち着いた印象を与えています。じっと見つめられると吸い込まれるようで、どこか優しげでもありました。絹の肌はきめこまやかで、触らずともすべすべであることが分かります。大人になったなら、世界一の美貌を手に入れる事を約束されていたのです。


 歯車が狂いだしたのは、4番目の娘が15歳になって外の世界を見だした頃でした。夕日が綺麗だとか、空と呼ばれる手が届かないらしいよくわからないものを興奮ぎみに話すのです。サリアはもちろんよくわからないので、会話からはぶれてしまいました。羨ましいという気持ちがもやもやと積み重なり、自然と口も重くなっていきます。それでも卑屈になるのを止めていたのは同じ境遇の5番目のおかげでしたが、彼女だっていずれサリアよりも早く15歳になるのです。


 サリアを一人置いて5人が楽しそうに手を繋ぎ、キャッキャウフフと浮上していったのを見た瞬間、サリアの中の何かがキレました。一人ぽつんと空を見上げる寂しさの名前はミジメと言います。


 「御父様、サリアもはやく沖に出たいです」

 「いけないよサリア、外は怖いからね。陸には人魚を食べると不老不死になれるとか言ってるキチガイがいっぱいいるからね」


 海の王様はそう言って可愛い娘を脅しました。

 これが彼の後悔です。

 それなら誰にも負けない力があればいいじゃない。

 寂しいやら嫉妬やらでモヤモヤし、それでも家族に当たり散らすなんて趣味のなかったサリアの感情の捌け口は、見事に水中での筋トレにあてられてしまったのでした。それだけ、御姉様方がかまってくれなくなったサリアは時間が有り余っていたのです。同時に、それだけ不器用だったのです。



 そんなサリアが15歳を迎えた時の興奮は、一重に言葉では表しきれません。


 やっと、やっと外に出れる…!


 サリアは尾っぽに力を込め、天めがけて垂直に泳ぎ始めました。やっと、やっと出れるんだ。期待に胸がどきどきとします。御姉様の言っていた空とは何だろう。雲とは何だろう。太陽とはなんだろう―― しかし、泳げど泳げど噂の「光かがやく水面」とやらが見えてきません。仕方ないので更に速度を上げようとしたその時。



 ――ゴスッ



 サリアは、頭上にあった超巨大豪華客船の船底に勢いよく突っ込んだのでした。



 体を引き抜くと、海水が船へと凄まじい勢いで流れ込んでいきました。

昔、アルファポリス童話大賞にと思って書き黙って首を振った原稿。

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