あだ名
まだ、ベットタウンにあるケーキ屋で働かせて頂いていた頃の話。
秋になると当然栗の商品が増えるのだけど、その店では、デコレーション用に栗の甘露煮を半分にしたものを使っていた。夕方になって作るものも落ち着いて来ると、そう言ったクソ忙しい早朝にやらなくてもいいことを潰して行くのだ。
という訳で栗を延々と半割りにしていたのだけれど、これがまた脆すぎて酷いときは10%くらいダメになる。それを別の容器に淡々と貯めていると、
「あの、これ何ですか?」
「何って、クズですけど」
「これ、頂けませんか?」
この店で働く苦学生がやってくる。
「何に使うんですか?」
「ご飯に炊き込んで栗ご飯作ろうと」
「駄目です、ロールケーキの中に仕込むので」
私は即答した。
苦学生とは言ったけれど、別に彼らが明日食うものにも困るディープな乞食をしている訳ではない。ケーキ屋の面接を受けに来る人間の傾向上、ウチの店のアルバイトさんは見事に調理や製菓関係の学校に通う学生さんが殆どで、それの課題や練習をするのに大抵の人がこうして費用を浮かしにかかるのだ。私も余った生クリームを頂いて絞りやナッペ(スポンジに生クリーム塗る作業)の練習をしていた。学校ではそう言った練習はショートニングを貸してくれるけれど、生クリームの固さの調整など本物でしか勉強出来ない事もある。
だけど彼女は、以前もパイ生地の切れ端に目をつけたかと思うと、コロッケの衣にしたいという恐ろしい事を言い残して帰っていった。これはこれで天才なのかもしれないとは思うけれど、それでも本来やってはならない「こっそりあげる」をしてまでゲテモノ制作に加担したくはない。
「勿体ないからってクズ入れるんですか、それいいんですか」
「どうせ砕いて入れるものをどうしてわざわざ綺麗な栗から使わなきゃいけないんですか。口に入ってしまえばみんな同じです」
交渉決裂と言った態度に、彼女の口調が刺々しい。
店長からの指示でもあるし、このままでは彼女の家の米が不幸になるので別に罪悪感を感じる必要はないのだけど、妙に責め立てる言い回しをしてくるので、思わず言わなくてもいい事を言った。
彼女は「なら(用途を)聞くな」とぼやきながら帰って行った。
私はその背中を見ながら、「卒業製作の試作だとか言ったらこっそりあげようかと思ってたのに、嘘がヘタクソって損だな」と心の中でそっと思った。
明くる日。
その日は平日で、授業を終えた学生さんが来るまで私が店頭に立っていた。
やがて、私と入れ替わりで入る予定の例の彼女がやってくる。私は接客中だったので挨拶は会釈だけで済ませ、もうこの対応が終われば家に帰れる喜びで自然と顔が笑顔になった。
お客さんはロールケーキでお悩みになっておられるようである。
小学生くらいのお子さんを2人連れ、小切れで固められたショーケースの前に張り付いて「これがいい」と喚き立てる様子に心底うんざりしている様子だ。
そして、「このロールケーキの中には何が入っているの?」とお尋ねになられてきた。
ここは激戦区ベッドタウン、半径3㎞県内にケーキ屋が5つもある。
私はとても笑顔で言った。
「荒く砕いた栗が入っています。どこで切っても喧嘩にならないのでとても人気ですよ」
「じゃあこれ一つ下さい」
「ありがとうございます、1050円になります」
何って、クズですけど。
口に入ってしまえばみんな同じです。
自分がアルバイトの子達に、影で「クズ」と囁かれている事に一週間くらいしてから気づいた。