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運命の出会い

作者: ponta
掲載日:2013/12/25

「すぐやろう。いいことはすぐやろう。」


 それが新任課長の口癖。

 しかし、そのやる気も、結局は日々の会社生活に磨り減り、

 くたびれた課長になっていくのだ。


 OL生活も12年にもなると、そんな言葉にも振り回されなくなる。


 私は、お茶を飲みながら、定時後に寄ろうと思っているドラッグストアのことを考えていた。

 スリムランプは、入荷してるだろうか?

 スリムランプは、最近テレビでやっていた効果的なダイエットサプリだ。

 そのサプリを取って運動すると、中性脂肪が驚くほど減るらしい。


 テレビ放送直後に買いに走ったのだが、考えることはは皆同じで、

 既に売り切れとなっていた。

 まあ、ダイエットしても見せる相手もいないんだけどさ。


 20才で入社してきた時の女性の同期は10人余り。

 年を重ねるごとに、一人また一人と退社していき、

 いまでは会社に残るのは私と輝美の2人だけになってしまった。


 戦力としては、最初から見られておらず重要な仕事は任せてもらえない。

 いつの頃からか、職場には何も期待しないようになってしまった。


 ぼーっとしている内に、いつの間にか時計の針は17時を回った。

 更衣室に行き、着替えていると、同期の輝美がやってきた。


「ねっ、新しくできたフィットネスクラブ行かない?」


「えー、またー?」


 輝美の入会好きにも困ったものだ。去年一年だけでも2、3のジムやら、

 カルチャークラブに入会したはずだ。

 それでいて、どこも1月と続いたことがない。

 でも、帰ってもやることないし、付き合うことにした。


 輝美と行動を共にするようになって、何年になるだろう。

 前の彼氏と別れてから、3年になる。ということは、3年か。


 結婚を意識していただけに、辛い失恋だった。

 ドラマチックな出会いで、これこそが運命の出会いと思った。


 両親が平凡な見合い結婚だっただけに、そういった恋にあこがれていた。


 結婚を何時切り出されるのだろうかと期待していたのに、

 ある日突然「好きな人ができた」と言われそれっきりだ。


 それ以来、恋愛する気にもならない。


 ま、出会いもないけどねー。

 ある日突然、かっこいい人があらわれるような、

 ドラマチックな出来事があればいいんだけど。


 そんな、取りとめもないことを考えていると、

 着替え終った輝美が急かしてきた。


「ほらー。いっつも遅いんだからぁ」


「ごめんごめん」


 急いで着替え、輝美の案内で新しくできたスポーツクラブへ行った。


 新しい建物である以外は取り立てて良いところも、悪いところもない。

 まあ、どこも一緒よね。

 最初の話では、一日体験だけといっていたのに、輝美はもう入会申込に記入している。


「もー。またはいるのぉ?」


「いいじゃない。だって、入会料金はいまだったらタダなのよ! タダ!」


 もー。調子いいんだから。

 輝美にそんなことを言って見たものの、私も入る気になっていた。


 設備は平凡だが、地理的にいい。ショッピングセンターも近いので、

 休日の利用にも適している。


「やっぱり、私もはいろっかなあ」


「なんで? めずらしいじゃん?」


「まあ、ちょっとね」


 時には、こういう新しいこともいいかもしれない。

 その日は、入会してそのまま少しプールで泳いで帰宅した。


 1週間もした頃だろうか。輝美を誘うと案の定しぶりだした。


「今日は、さむいしー。」


 言い訳にもならないような言い訳をされて、

 やはりという思いがしてきたが、一人でフィットネスクラブに行ってみることにした。


 今日は、何しようかな。やっぱりプールかな。

 プールでゆったりと泳いでいると、一人の男性が眼に飛び込んできた。


 何? この人……。かっこいい。

 プールにやってきたその男性は、明らかに回りの人間と一線を画していた。


 鍛えぬかれた体に甘いマスク。その男性がそこにいるだけで、

 華やいだ雰囲気になる。


 やがてその男性は、私の隣のレーンでゆったりと泳ぎ出した。


 25、6ってとこかなあ。となると6つ下か。

 私は、プールから上がると、トレーニングルームへと移った。


 錘を軽めに調整し、バタフライ運動をしていると、

 先ほどの男性がやってきた。

 その男性は、私と眼が合うと、軽く会釈してからウェイトリフティングのマシンに寝転んだ。


 かっこいいー。あんな重いの軽々とあげてる。

 私は胸の高鳴りを禁じえなかった。ここ数年味わったことのない感覚だ。


 でも、どうなるものでもないか。

 しばらく運動をして、休憩室でスポーツドリンクを飲んでいると、

 またその男性と鉢合わせた。


 男性は、ジュースを買うと、私の座っている席のそばまでやってきた。


「ここいいですか?」


「どうぞ」


 平静を装ったものの、内心はあわててしまう。

 何? 何なの? もしかして、私に興味があるの?


「こんな綺麗な人がいるとは知らなかったなあ。

 いつ入会されたんですか?」


「ええ。1週間前に入ったばかりなんです」


「私、高山といいます。よろしく」


「こちらこそ。まだ、知り合いとか誰もいなくって。

 あっ、深田っていいます。深田栄子です」


「えええええええ!?」


 何? 何でそんなに驚くの?


「なんですか?」


「一字違ったらフカキョンじゃないですか?! あははははは」


 普段は端正な顔立ちだが、笑うと少年のような顔をみせる。

 高山さんは、話題も豊富で、たちまち私は高山さんに夢中になった。


 フィットネスクラブの後に、食事に行くようになり、

 1月も経たないうちに、お互いのマンションを行き来するようになった。

 今度こそ、本当の恋かも。私の胸は期待で高鳴った。


 季節も変わり、春になった頃だろうか。高山さんのことを考えながら、

 ぼーっとしている私に、輝美が言葉をかけてきた。


「ねぇ、栄子。今日、ちょっと付き合わない?」


「ごめーん。高山さんと約束が……」


「その高山さんのことで話があるの。お願い。今日は私に付き合って」


 輝美のただならぬ雰囲気に、一旦は断ったものの、

 高山さんの携帯に断りの電話を入れ、輝美と共に、飲み屋に入った。


「いい。驚かないでね? あの人結婚してるのよ」


「え?」


 結婚してるって言った? 誰が誰と? 

 私の頭は混乱し、結婚という言葉がぐるぐると回る。


「あのね、あの人の勤めてる会社に私のおじさんがいるの。

 そのおじさんから聞いたんだから間違いないの。

 いまは、福岡に単身赴任できてるだけなのよ。

 年末には東京に戻るんですって」


 輝美の言葉を聞いても、しばらくの間、私は理解できなかった。


 ケッコンシテイル? ダマサレタ?

 頭で理解できたとき、涙が溢れてきた。

 体中の水分が全て涙にかわったかのように泣き続けた。

 輝美は、そんな私をずっと慰めてくれた。


 その夜、高山さんから携帯に電話が何度となく入っていたが、

 かける気にはならなかった。


 その後、輝美が高山さんの会社に乗りこんで、一悶着合ったあったらしい。


 輝美の行為はうれしかったが、高山さんに対する恨みなどは、なかった。


 "そんなうまい話はない"以前から思っていたその思いが強くなっただけだ。

 こういう結果になるような気もどこかでしていたのかもしれない。

 20代半ばのイケメンが、わざわざ30過ぎの女に声をかけてくるなんておかしな話だ。


 それから、数ヶ月。

 普段通りの取り立てて何もない日常生活を、日々淡々と過ごした。


 仕事といっても、誰にでもできる仕事。私生活もこれといって何もない。

 空っぽな毎日に、私の人生って何なのかな? と思わずにはいられない。


 時々、輝美と食事にいって、誰が結婚したとか、どこの料理がおいしいとか、

 どうでもいい話をする毎日。


 私が死んだとしても何の影響もないんじゃないだろうか?

 輝美は泣いてくれるだろうか?

 そんなことさえ、頭にふと浮かぶ時がある。


 季節も冬に移ったある日、何をするでもなくぼーっとしている私に、

 後輩の山下くんが話し掛けてきた。


 山下昇。たしか、私の3つ年下。割とかっこいいけど、物静かで、

 目立たない男。今まで意識したこともなければ、そんなに会話した記憶もない。


「あの、深田さん。券が2枚あるんですけど、よかったらいきませんか?」


 山下くんの手には、映画の券が握られていた。


 あ、ちょうど見たかったやつだ。暇だしいいか。

 承諾すると、山下くんはうれしそうな顔をして、机を片付け出した。

 いつも無表情かと思ってたけど、こんな顔するんだ。

 しかし、私なんかといって楽しいかなあ。


 映画が終わり、駅まで歩いていると、

 坊主頭の数人が、こちらに近づいてきた。


「オス!!!」


 大きい声。何なの? 


「おう。今から稽古か? 師範によろしく」


「山下先輩デートですか? 綺麗な人ですね」


「ばっばか! おまえ、この人は会社の先輩だ!」


「またまたー。照れちゃって」


 その後も、一言二言山下くんと言葉を交わした集団は、

「失礼します!」の声と共に去っていった。


「まいったなあ。まずいとこみられたなあ」


 バツが悪そうに、山下くんが頭をかく。


「何かの後輩?」


「ええ、道場の後輩達なんです」


「何かやってるの?」


「空手をしてまして」


「へー。山下くん空手なんてしてるんだ。みえないなー」


 そういって、山下くんの体をふと見る。

 たしかに、Yシャツの下には隆起した肉体があるのがわかる。

 細身に見えるけど、鍛えぬいた体であるようだ。

 取りとめもない会話をしているとその内、駅についた。


「じゃ、ここまででいいから。また、明日会社でね」


「あっ、あの……。また誘ってもいいですか?」


「え? ええ。どうせ暇だし。私なんかでよかったらいつでもいいわよ」


 なんだろ。急にどうしたんだろ。

 帰りの電車の中で、山下くんのことを考えてしまう。

 私が承諾すると、すごく嬉しそうな顔をしてくれていた。

 そういえば、同じ部署なのに山下くんのことを全然知らないなあ。

 知っているのは名前ぐらい。どこに住んでいるかも知らない。

 私に好意を持ってくれてるのかな?

 でも、年下はもうこりごりだわ。


 それから、数週間して部の忘年会があった。

 あれ以来、挨拶などはするものの山下くんは誘ってこない。

 まあ、券が余ってただけで、また誘うっていうのは、社交辞令だったのだろう。


 忘年会は、新任の部長の歓迎会も兼ねていた。

 営業から、私の所属する企画部門に異動になったのだ。


 飲み会に行って見ると、女性は私一人。

 もともと、人数の少ない部ではあるが、

 他の女性は、皆理由をつけて欠席していたようだ。

 今の娘は、はっきりしてるわ。

 女性が一人ということで、部長の酌をするのが私の役目になり、

 部長の横に座らせられた。


 時間が経つにつれ、新任の部長は私にべたべたと触りだす。

 ちょっとー。何なのこいつ。

 逃げ出すタイミングを計っていると、携帯が鳴った。輝美からだった。


 これを幸いと部屋をでて、電話にでると心配そうな声で輝美が言う。


「栄子、大丈夫なの? 何で飲み会にいったのよ? 

 あいつがセクハラしまくるやつって、メール送ったでしょ?」


「メール? そういえば、着てたかなあ。ごめんみてないや」


「もうー。あいつが前、うちの部署いたのしってるでしょ?

 新人の子なんかホテル連れこまれそうになってんのよ。

 心配だったから、あんたの部署の女性全員にメール送ったのに、

 なんであんただけいってんのよ?」


「あー。だから私だけなんだ」


「もうー。しっかりしてよ。まあ、大丈夫そうで安心したわ。

 変なことになんない内に帰りなさいね」


「はいはい」


 電話を切って、席に戻ろうかと振り向いたこそに、

 新任部長の井上が立っていた。


「えいこちゃーん。なにー、どうしたのー?」


 酒臭い息を私に吐きかけてくる。気持ち悪い。


「いえ、何でもないですから」


 井上の横をすり抜け、部屋に戻ろうとすると、とつぜん抱きつかれた。


「やめてください! 何するんですか!」


「たまってんじゃないのー? 俺が発散させてやるよー」


 酒臭い息をかけられ、体のあちこちを触られる。

 必死で抵抗するが、男の力にはかなわない。

 あまりの急な出来事に、恐怖で声もだせない。


 いやー! 誰か助けて!

 心の中で、助けを何度となくよんでいると、

 急にかぶさっていた重さがなくなった。


「なにするんだ?! じょっ上司にむかってきみわ」


 そちらを振り向くと、いつもとは明らかに様子が違う山下くんが、

 井上の髪のひっつかんで立っていた。


 目をぎらぎらさせ、歯を食いしばっている。


「これはな、酒の席での冗談だ。深田くんも承知の上だ。

 なっ、深田くん」


「汚ねえ手で、この人にふれんじゃねえ!!」


 山下くんはそういったかと思うと、井上を殴りつけた。

 井上は、床に倒れ「うーん」といったかと思うと気絶してしまった。


「深田さん。大丈夫ですか?」


「ええ。ありがとう」


 お礼を言うのもそこそこに、そのまま部屋に戻り、

 荷物を持って、店の外に飛び出した。

 山下くんは、先ほどとは打って変わって、心配そうな顔をしてついてきた。


「助けてくれて、ありがとう。でも、ついてこないで」


 そう言い放っても、山下くんは何も言わずついてくる。

 とうとう、私のマンション前まで来た時、山下くんが重い口を開いた。


「あの……、こんな時に、なんですけど……」


「何よ?」


「俺、深田さんがずっと好きでした。入社以来ずっと」


 山下くんは、それだけ言って下を向いて、黙り込んだ。

 街灯で照らされたその顔は、真っ赤になっているのがわかる。


 人が落ち込んでいるのに! 何なのこいつは!!

 その顔をみていると、無性に腹が立ってきた。

 一言いってやらないと気がすまない。


「あんたねー! からかってんの? しかも、上司にセクハラされて、

 傷心の私にそんなこというの?

 だいたい、あんた私がどんな女かしってんの?」


「すっ、すいません。でも、自分の気持ちを言うのは今しかないと思いました。

 俺なんかが、深田さんと付き合えるとは思ってません。

 好きっていう気持ちを伝えられたらそれでいいです」


「ほんとっ、馬鹿じゃないの?

 そんなんで、女がなびくとでも思ってんの?

 綺麗ですねーとか、一字違ったらフカキョンだ!

 とかいえないの?

 そんでもって、ホントは奥さんがいたり、二股かけてて、

 好きな人ができたとか突然いわないと駄目なんだからねー!」


 いつのまにか、私の目には涙が溢れていた。

 心の堰が切れてしまったように、涙が次から次へと溢れ出す。

 しばらくの間、泣き続けていると、肩に山下くんの手が触れた。

 その手は、分厚く熱がこもっていた。


「しゃれたことは、言えないかもしれないけど、

 深田さんに辛い思いは絶対させません」


 力強く答える山下くんは、まっすぐな瞳で私を見ていた。


 それ以来、何となく山下くんと食事行ったりすることが多くなった。

 付き合う時間が長くなると、実直な性格で、

 私のことを大事にしてくれるという実感が持てる。


 山下くんとは、ドラマチックな出会いもなく、ただ同じ会社に偶然いたということだけだ。

 でも、何十億人もいるこの地球で、同じ国に生まれ、同じ会社を選んで、

 同じ部署に配属されるというのも運命の出会いではないだろうか。

 私はいつしかそう思うようになった。


 幸せは、案外近くにあるものかもしれない。

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