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千の双子  作者:
4/7

染まっていく

千早の鼻歌が聞こえてくる。

最近景通とよく会っているのには気が付いていた。しかし自分にはどうしようもない。

薄い布団にくるまって目を閉じると、千早が部屋に入ってくる気配がした。

衣擦れの音が暗闇の中で響いている。

「・・・ちいちゃん、起きてる?」

遠慮がちに小さくした千早の声。

「・・・・・・はい」

隣の布団へ千早が入ったのを確かめて、千影は返事をした。

「なんですか、姉さん」

「・・・初めて景通様とお会いしたときのこと、覚えてる?」

泣いている千早。差し出された林檎。何も出来なかった自分。

「・・・・・・はい」

「景通様はやっぱり、とてもお優しい方ね」

千早が今何を考えているのか、想っているのか、双子である自分には手に取るように分かってしまう。

「ちいちゃん、前に言ってたでしょう?わたし達はもう結婚してもおかしくない年なんだって」

そう、確かに言った。だが今は、それをあの日に言ってしまったことを後悔しているのだ。

「・・・わたしね、その相手が景通様だったらどんなにいいかしらって、そう思うの」

・・・どうしてその言葉を、千早が景通と出会った日に言ってしまったのかと。

「・・・姉さんは、景通様を・・・・・・お慕いしているということですか」

「・・・・・・・・・うん、そうね」

分かっていたはずだった。

だって千早は、あの時から、景通と初めて出会ったその瞬間から、彼のことが好きだったのだから。それを再び好きにならない理由などないのだから。

「・・・・・・ちいちゃんは、」

千早が何かを言いかけて、すぐに口をつぐんだ。

「姉さん?」

「・・・・・・ううん、なんでもない」


◇◆◇


「千影、ちょっと」

朝食を作り終えたのを見計らったように母の声が掛かかり、千影は動かしていた手を止めた。

「・・・なんでしょうか、母様」

「あなた最近夜になると出掛けて行くわね。何をしているの」

「・・・・・・・・・・え」

千早は息を飲んだ。

気付かれていたのか。同室の千早さえ気付いていなかったというのに。

「何の・・・・・・ことですか」

母は黙って千早を睨みつけた。ごまかしはきかないということか。

でも。

「・・・お願いします。事情は・・・訊かないでください」

母は目を見開いた。

反抗するのなんて久しぶりだ。もしかすると初めてかもしれない。


―千影には父上を恨む理由がある。


そう。そして同じように母にも、領主を恨む理由がある。

事情を知ったらきっと、弱い母は自分で彼を殺めてしまうから。

だから。

「今まで、ずっとあなたに従って生きてきました。姉さんと違う扱いに耐えてきました」

だが自分は母の思いを受け止めていたわけじゃない。黙って受け入れていただけだ。諦めていただけだ。

「でも私も・・・私だって、姉さんと同じようにあなたの娘なんですッ!」

ずっと言いたかったこと。言えなかったこと。

今言わなくてはだめだ。

「だから・・・信じてください。あなたが姉さんを信じるように、私のことも信じてください」


―そして、あなたが姉さんを愛するように、私のことも愛してください。


母は泣き出しそうな目で、千影のことを見ていた。

千影は黙って母に背を向けた。


◇◆◇


「―あのさあ」

「何」

「返事をするわけでもなく毎晩のようにここに来るのはどういうつもりなのかな。もしかして僕を監視でもしてるわけ」

「・・・別に」

景通はため息をついた。

監視をしているというのは大体合っている。しかしそれだけかと言われればそうでもなかった。

「昨日の続きが聞きたくて」

驚いたように景通が視線をよこす。

「ふうん、ああいうの興味あったんだ?」

千影は黙って景通を目で促した。

景通はもうひとつため息をつくと、諦めたように語り始めた。



最初は、必要以上に千早に近付かせないためだった。

夜になると家を抜け出していつもの場所に行く。すると大抵彼は、どこか遠くの闇を見つめて木箱の上に腰掛けている。


―影そのものである景通。


彼が見ているものもまた、影なのだろうか。

「―・・・やあ、千影。返事が決まったのかな?」

「さあ」

「やけにもったいぶるね。まあいいけど」

いつも同じような会話。

腰掛けるのもいつもと同じ、景通の左側。

風が少ししみる季節になってきていた。かじかみそうな草履の素足。

しばらく沈黙が続いたが、不思議とそれを苦痛には感じなかった。

口を開いたのは景通だった。

「・・・千影はさ、僕の言葉を本当にずっと信じてきたの?一瞬でも疑問に思ったりしなかったわけ」

「・・・そうね。馬鹿にしたいならすればいい」

景通はふっと笑った。

「しないよ。だってあの時君は小さかった。暗示が強くなって当たり前だ」

「・・・暗示だったってことは認めるのね」

「言っておくけどね、小さい子に話すことっていうのは全て暗示の意味合いを持つんだ。幼い頃に体験したことの全てが人格形成に関わるんだよ。まあ、それを差し引いても暗示のつもりだったのは認めるけれどね」

景通は悪びれもなく滔々とそんなことを語った。

「とすると、今の千影は僕が作ったってことになるのかな?そう考えるとなかなか面白いね」

やはりこの男は、どこまでも歪んでいた。



そんなことを十日ほど続けて。

昼は千早に、夜は千影にそれぞれ付き合っている景通だったが、疲れた様子は微塵もなかった。

「―光は影を感知できない。だけど影の方は光を感知できるんだ。決して届かないけれどね」

以前そんなことを言っていた景通だったが、つまり、それが彼の答えなのか。

千早の光は感知できても、決して届くことはない。だから本気で接さない、ということか。

景通は影で。しかし千影の目には彼がひどく光に焦がれているように見えた。

染まりつつあるように、見えた。

それは千早と接しているからなのか、それとも―

「昨日はどこまで話したんだっけ?」

「商人が騙そうとした人から逆に騙されたところまで」

「ああ、そうだっけ。ええと―」

毎回黙っていても暇だと言うので、景通が町で聞いた噂を聞くようになった。

町に出ることの少なかった千影にとってそれらの話はとても新鮮で、興味をそそられるものが少なくなかった。

きっと、自分は。

景通が千早の光に焦がれるように、景通の影に焦がれている。

それがどういうことかは、分かっているつもりだけれど。

「―で、その商人の方が捕まえられたって話さ」

東の空が白みはじめていた

「そろそろ夜が明ける?」

「そうだね・・・。―千影、まだ返事は決まらないのかい?」

景通はじっと千影の方を見る。

「・・・あなたの根気がどれだけ持つか見定めてるのよ」

彼は眉根を寄せた。

「なんか立場ってものを分かってない気がするんだけどな・・・」

「・・・分かってる」

自分が景通を拒めば、千早は危険に晒される。

だけど。


―たとえそうなったとしても、景通は千早には何もしないんじゃないかという気がして。


そんなこと、あるはずがないのに。



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