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千の双子  作者:
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彼女の光


―私たちは、光だった。


―だけど、私の心には影が生まれた。


「じゃあちいちゃん、わたしは買い物に行って来るから」

「はい、姉さん」

千早は苦笑して千影の頭を撫でた。

「双子なんだから、別に姉さんなんて呼ばなくてもいいのに」

「・・・いえ、姉さんは姉さんですから」

何度も繰り返されてきたこのやりとりの中で、千影の答が変わることはない。

「千早?早く行ってきなさい」

「あ、はい」

家の方から母の声がして、千早が慌てたように走り出す。そこで千影はふと気付いて、

「姉さん、財布を落としましたよ」

「え?あ、ほんと」

まったく姉さんは、と足元の財布を拾い土を払って手渡してやると、千早は今度こそ走り出した。

「ありがとう、ちいちゃん!そっちも頑張ってね!」

「・・・はい、姉さん」

千早の草履が跳ねていく。

その姿が見えなくなった所で、再び母の声が掛かった。

「千影、あなたも早く畑に行きなさい。千早が戻るまでに終わらせなかったら―」

「・・・分かっています」

何かする度に朝食を抜かれるようになったのはいつの頃だったか。

年を追うごとにその頻度は確実に高くなっているが、千影が痩せ細って千早にそれと気付かれることのないよう母は巧妙に細工している。



十五年前、この村に双子の赤ん坊が生まれた。

まだ出産が困難なものだった時代で、同日に二人の子を産んだことは賞賛に値すべきことだった。

母に向けられる無遠慮な奇異の目。それが不吉なものを見るような目に変わるまで時間はかからなかった。

同じ顔かたちの娘が二人。

父親が降り続いた雨で氾濫した川へ落ちて死んだことで、その目は更に強くなった。


―あの双子が、この村に不吉を呼んだのだと。


もともと母はこの土地の人間ではなく、父に嫁いでやってきたよそ者だった。その父が居ない今、助けてくれる者は誰もいない。

しばらくはじっと耐えていた母だったが、次第にそれも難しくなっていった。



井戸へ木桶を放り込む。

縄を引いて水をくみ上げ、自分の桶に移しかえると、自分の草履が視界に入った。



「―千影が、生まれてこなければよかったのに」

そう呟いたのが母だと気付くまでには、少し時間が掛かった。

「千早だけで、終わってくれたらよかったのに」

珍しく家の中で一人で遊んでいたので、その言葉を聞いていたのは千影だけだった。

「・・・かあさま?」

何を言われているのか咄嗟に分からずに首を傾げると、母は突然千影の肩を掴んで揺さぶった。

「どうして・・・ッ!もっと、一日でも遅く、生まれてくれなかったの・・・?」

双子でない、ごく普通の姉妹であったら良かったのに。

いつしか自分もそう思うようになっていて。

千早が本当に、自分の姉であったら良かったのにと思って。

その頃から千影は、千早のことを頑なに“姉さん”と呼ぶようになった。その上で、母の行き場のない思いを自らが受け止めるようになった。



鼻緒が切れるたび自分で直してきた草履は、もうどうしようもないほど古くなっている。買い物へ行った千早の草履は一月ほど前に新調したばかりの綺麗なものだった。

それでいい。

千早と千影は光だった。しかし千影の心には影が生まれた。

ならば、千早は光、自分は影の存在となればいい。

姉さんの光が失われることのないよう、私が影となろう。

そのためならなんだってする。どんなに大きな影でも自分ひとりで請け負ってみせる。


光だったものが影へと染まっていく。

千影は“狭間”の存在となった。



仕事を終わらせるべきか、敢えて終わらせないようにすべきかしばし迷った。

昨日も今日も朝食を抜いていない。明日一日なら抜いても目に見えるほど痩せることはあるまい。

朝の弱い千早は千影が起きてしばらく経ってからようやく起き出してくるので、朝食ならば抜こうが抜くまいが気付くことはない。先に食べてしまったと言えばそれで納得するし、むしろ毎朝千影に朝食を作らせてしまっていることの方を気遣う。

巧妙に細工をしているのは、千影も同じことだった。


◇◆◇


珍しく外に出ることを許されて、千影は千早と二人で南にある町へ出掛けた。

どうやら、千影ばかり外に出ていないことを気にした千早が母に掛け合ったらしい。

「ちいちゃん。向こうの通りの角にね、お豆腐屋さんが出来たのよ」

あの小さな村の中とは違って双子もそれほど珍しくはないらしく、奇異の視線を向けられることも少ない。もっとも、意図的に髪型や着物の色を変えているせいもあるのだろうけれど。

「ねえ、どこに行きたい?」

そう言って千早が顔を覗き込む。光で満ちた、曇りのない瞳。

「姉さんはどこへ行きたいんですか?」

千早はそうじゃなくて、と困ったように笑った。

「ちいちゃんの行きたいところ。久しぶりに町へ来たんだもの、何か欲しいものとかはないの?」

本来の目的はおつかいなのだけれど、少ないながらも駄賃も貰っている。こういう時、母が本来持っている優しさが垣間見えて切ない。

それはいつも、千早に与えられているものだ。そして千影には与えられないものだ。

千早に向けられている笑顔は、幼い頃は二人に向けられていたのに。それが出来なくなるほどに母は、痛かったということなのだろう。

「そんなことを言っても、いつも姉さんが買ってきてくれるもので間に合ってますし」

千早は町へ行く度、少ない駄賃から千影の分も買ってきてくれる。その優しさはうれしく思えたが、そのおかげで千早はいつも本来の半分の価値のものしか買えていない。

「それはそうかもしれないけど・・・本当になにもないの?」

千影は曖昧に微笑んだ。

本当は、あった。擦り切れたままの草履の代わりが欲しかった。だがそこまでするお金は、千影にはない。

千早は少し考えてから、

「じゃ、こうしましょう。わたしがお店を決めるから、そこで欲しいものを探しましょう。ね?」

そう言って笑った。



「・・・ここは」

並べられているのは下駄や草履で、軒先に吊るされているのはわらじだった。

「母様、二人分は買ってこられなかったみたいだから。その草履、もう大分古いし小さいでしょう?」

千早は当たり前のように言う。

「でも、そんなお金―」

今日貰った分ではとても足りない。二人分足してようやく軒先のわらじが一足買える程度だ。

すると千早はおどけたように言った。

「実はね、お駄賃を貰える度に少しずつ貯めていたの。こういうときに使えるんじゃないかって思って。今日貰えた分でちょうど、この草履が買えるわ」

千早が出したのは数日前にも見た財布だった。妙に重く感じたのはそのせいだったのか。

半分どころではない。それ以下の価値のもので、千早をずっと我慢させていたのだ。

自分が影になると千早を守っているつもりで、こうして守られていることのなんと多いことだろう。いつだって自分は千早の光に救われている。

「ねえ、どれがいい?」

屈託のない、光に満ちた笑み。千早はまだ母の弱さに、影に気付いていない。それなのに千影に何の見返りも求めず優しさを与えるのは、やはり姉だからなのか。

光を守るために影となり、しかしその光に救われてもいる。自分はその光に見合うだけ、守れているのだろうか。

「-姉さんと、同じものが欲しいです」

「え?でも・・・」

千影の好みは、と言うのを制してそれを売ってもらう。

「姉さんのと、同じがいいんです」

「・・・・・・・そう」

千早は微笑んだ。

品物を受け取って胸に抱く。

「・・・大事にします」

こんなに、泣きたいような気持ちがこみ上げてくるのはいつ振りだろう。

気が付けば心は、千早のくれた光で満ちていた。


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