空気な彼
朝の陽ざしを浴びて、寝ぼけ眼をこする。
携帯で時間を確かめると、一限目が始まった時間だ。今日は二人とも午後からの講義なので、まだ余裕がある。
寝よう。
毛布を顔まで覆い、完全なる二度寝体制。
一緒に包まっていた毛布からは、君の体臭が微かに匂う。今となっては、普段から同じ石鹸を使っているのだから、私とそんなに変わらない筈なのに、私はこの匂いが好きだ。
私は、煙草やガソリンスタンドの匂いも好きだけど、友人からは変わっているとよく言われる。だからきっと、君の匂いを嬉々として嗅ぐのは私ぐらいだろうな。でも、人を好きになるってことは、その人の全てを好きになるってこと。だから、匂いも好きになるのは当然なことなんだ。って、誰かに言い訳してみる。
いい加減、起きてくださいよ。
君は私の身体を何度も揺り動かすが、私は生返事で、起きる気配を一切見せない。そんな私の強情さに耐え兼ねた彼は、私に必殺の一撃。
いま起きなかったら朝飯抜きですよ。
私は、がばっと毛布から抜け出す。勢いあまり、屈んで私の様子を見ていてくれた君の顎に頭突きをしてしまう。
君は恨み言を呟きながらも、テキパキ流れるような動作で、テーブルに食器を置いてくれる。今朝の献立は、フレンチトーストと、出来合いスープに、インスタントコーヒー。
悔しいけれど、女の私より男の君の方が料理上手だったりする。私は料理を、特に朝ご飯を作るのが面倒臭いので作らない。料理しないから上手くならないんだ。と君はいうけれど、使った食器を洗う手間まで考えると、とてもやっていられない。
だから、彼の作る朝食はいつも楽しみだ。食欲をそそる匂いに思わず鼻孔を膨らませてしまう。それに、お腹の虫が鳴る。さっきまでの意趣返しに、盛大にからかう君。私はそんな君に仕返しとばかりに後ろから抱きついてやる。
余裕がなくなった君を見て、内心ほくそ笑む。どんなに深い関係になっても、君の照れ屋な所は変わらない。そんな年下の君が、私は可愛くてしょうがない。
すると、君は堅い口調で、
本当に、俺なんかでいいんですか。
って、いきなり切り出してきた。それはずっと思い悩んでいたことをやっと言えたような口ぶりで、私が苦手な重い雰囲気が部屋に充満する。弱気を吐くのはほとんど皆無な君だったので、私は目をひん剥いた。
私は手にしていたコーヒーカップをテーブルに置く。
俺のこと、どう思ってますか。
そう不安げに訊く君に対して、私にしては珍しく真剣に答えた。
君は、私にとって空気みたいな存在だよ。
と告げると、君はひどく落ち込んだ。
そんな君を見て、私は目が点になるが、しばらくして、得心する。私の言葉を勘違いした君に、いつ誤解を解こうか考える。
私にとって、君は空気みたいな存在。それは嘘でも冗談でもない。なぜなら、君という存在が私の世界からいなくなってしまったとしたら、私は生きていけないから。そのぐらい、君に恋してしまった。
そのことを告げるのを躊躇ってしまうのは、やっぱり恥ずかしいから。ついさっき、君の照れ屋のことを揶揄したけれど、私達はなんだかんだで似た者カップルなんだ。