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赤茶けた屋根の街

作者: 土御門惟愛
掲載日:2026/04/24

その朝も、いつも通り満員電車に揺られていた。

仕事に疲れ果てたサラリーマンの僕は、吊革に掴まりながらうとうとと船をこいでいた。

最近、残業が続いていて、ろくに寝ていない。

まぶたが重い。

このまま少しだけ……と思ったら、意識はあっという間に落ちていった。

どれくらい時間が経っただろう。

ふと目が覚めると、窓の外の景色がいつもと違っていた。

高架などないはずのこの路線が、なぜか高い高架の上を走っている。

車窓の下には、錆で赤茶けた瓦屋根が延々と続いていた。

古い住宅街。

どこかで見たことがあるような、懐かしい風景。

(……ここ、どこだ?)

電車がゆっくりと減速し、次の駅に停まった。

無性に降りたくなった。

僕は鞄を握りしめ、流されるように電車を降りた。

駅の改札を出ると、そこは線路沿いに続く長い商店街だった。

錆びた看板、昭和のまま時が止まったような駄菓子屋、魚屋の水の流れる音、豆腐屋の「とうふ」ののぼり……。

全部、なぜか知っている気がした。

僕は吸い寄せられるように、その赤茶けた商店街を歩き始めた。

道の途中で、ある一軒の家の前で足が止まった。

木造の小さな平屋。

引き戸の色、植え込みの位置、軒先の水道の蛇口まで、すべて頭の中にある。

(……来たことないはずなのに)

無意識に手を伸ばし、引き戸を開けた。

ガラガラという音が、懐かしく響いた。

中に入ると、記憶通りの間取りだった。

土間、狭い廊下、奥に六畳の和室。

コタツがあって、テレビが置いてあって、ふすまの向こうには布団が敷いてある。

全部、知っている。

「ただいま……」

思わず口に出してしまった。

その時、玄関の方で音がした。

「おかえり、ひろしちゃん」

振り返ると、見知らぬおばさんが立っていた。

六十代くらい。柔らかい笑顔。エプロンをしている。

僕はひろしという名前ではない。

でも、その呼び名が、なぜか胸の奥にしみた。

おばさんは何も疑う様子もなく、台所へ向かいながら言った。

「今日は早いね。ご飯、もう少しでできるからね」

僕はただ、頷くことしかできなかった。

その家で過ごした時間は、夢のように穏やかだった。

おばさんが作ってくれた味噌汁とご飯。

少し焦げた焼き魚。

風呂に入って、温かい布団に包まれて、子供の頃に戻ったような安心感。

おばさんは僕のことを「ひろしちゃん」と呼び、昔話をするように笑っていた。

そして、ふと目が覚めた。

……朝の通勤電車の中だった。

吊革に掴まったまま、僕は目をこすった。

車窓には、いつもの灰色の街並みが流れている。

高架も、赤茶けた屋根も、どこにもなかった。

夢だったのか。

でも、胸の奥に残る懐かしさと、ほんのりした温かさは、夢だとは思えなかった。

僕は小さく息を吐き、窓に額を押しつけた。

あの赤茶けた屋根の街は、

今も、どこかに存在している気がした。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

この話は、日常の中でふと訪れる「説明のつかない懐かしさ、切なさ」をテーマに書きました。

赤茶けた屋根の街。知らないはずの街で「ひろしちゃん」と呼ばれる……そんな不思議な時間を、静かに描いてみました。

読んだ後に、ぼんやりと窓の外を見てしまうような……そんな短編になっていたら嬉しいです。

また次の作品でお会いできれば幸いです。

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